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氷中花  作者: 綴奏
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青眼の蜘蛛 其ノ二


   ◆


 私立黒崎高等学園の生徒には各自大きなロッカーが与えられている。部活で使う道具で一杯になっている物もあれば、ほとんど何も入っていない帰宅部のそれもある。なかにはお菓子を大量にしまい込んでいる強者もいるらしい。

 着替えてグラウンドに集合する指示を受けた生徒たちが、その総合ロッカーに次々と入っていく。そんな中、赤月は別棟の教室で荷物を漁っていた。何も知らない生徒が目にすれば、ただの泥棒吸血鬼だ。

「そこの男子生徒、止まってもらえますか?」

 用事を済ませて廊下に出た瞬間、凛として落ち着きのある声が吸血鬼を呼び止める。赤月が振り返ると、そこには茶髪ロングの美人が立っていた。

 ――避雷針美咲、風紀委員の二年生。その容姿とスタイルの良さから、アイドルのような目で見られるものの、本人は全く気取った態度をみせない。そのため、男女関係なくみんなに好かれている。

「生徒手帳をみせてもらえますか?」

 緊張と若干の恐怖で固まっていた赤月は無言で生徒手帳をみせた。話したことはないが、名前くらいは知っているはず。となると、彼女が確認しているのはひとつしかない。

「『血液回路』の赤月時雨君。私は風紀委員として見回りをしている避雷針です。あなたは今ここで何をしていたのですか?」

「……えっと、ロッカーの鍵を忘れて」

「それでは、そのお財布は誰の物ですか? どう見ても女性物ですが」

「ああ、これはついでに頼まれて取りに来たんだよ」

「そうですか。疑いたくはないのですが、一緒に来ていただけますか?」

 恐ろしい拷問を受ける覚悟を決めたその時、赤月のスマホが鳴り始める。そして、画面を見てホッとした表情になった彼は美咲にそれをみせた。

「これって証拠になるか? この子の財布なんだけど」

「失礼ですが、代わりに出ても構いませんか?」

「別にいいけど、癖のある奴だから気を付けた方がいいぜ?」

 それを聞いた美咲は不思議そうな顔をしたものの、スマホを受け取ると通話ボタンをタップした。飛び退くようにして赤月からかなりの距離を取ったことからも、彼女が賢いことが見て取れる。噂しか知らない生徒と違い、吸血鬼の基本的な特性もしっかり理解しているらしい。何も悪いことをしていないはずの吸血鬼であったが、ESPに職務質問をされた時のようにどうも落ち着かない様子である。

 ――と、予想より早く戻ってきた美咲は彼にスマホを返しながら微笑む。

「疑ってごめんなさい。あの転校生のお財布だったんですね」

「いや、こういうのには慣れてるから。それよりあいつ、失礼なこと言ってないよな?」

「言っていたわ。あの男の声は聞きたくないからって伝言を頼まれたの。早く戻ってこないと私の身体を弄んだことを言い触らす……そうよ」

 風紀委員に、しかも、真面目の塊のような避雷針美咲にありもしないことを吹き込まれた赤月は絶句した。しかし、意外にも美咲は微笑んだままだ。

「何もやましいことがなければ、もっと堂々としていてください。あなたはそんなことをする人間には見えないもの」

 ――初めてこの学校の生徒に優しくされた。

 彼女にそんなつもりがなかったとしても、赤月はそう思った。

「ただ、姉と校内でベトベトしていないかは心配になります。からかってくる姉に振り回されているんじゃないですか?」

「ああ、知ってたんだ……。えーっと、避雷針先生と仲が良いのは俺の妹」

 赤月の言葉を遮るように、美咲の身体からはバチバチと危険な音が鳴り出した。どうやら、表皮に電気を帯びているらしい。

「堂々と嘘をついていいとは言っていません。でも、学校で姉のことを名前で呼び捨てにしなかったのは、正解だと思います」

 この少女より怖い生徒はいないのではないかと赤月は思った。真面目の塊である彼女が正しいことを言っているが故に、怖さが増すのだ。

「……ああ、悪かった。でも、ホントに仲が良いだけだから」

「そうですか。こちらも余計なことを言ってごめんなさい。早く行かないと、まずいですよね」

「何されるかわかんないし、俺はもう行くよ。えっと……ありがとう。それじゃ」

「……ありがとう?」

 不思議そうな顔をしている避雷針美咲を廊下に残し、赤月は走り出す。

 彼女が今の言葉を理解できなくてもいい。

 彼女の口にした言葉に特別な意味などなくてもいい。

 それほどまでに、あの何気ない言の葉は、彼の胸に刻まれたのだから。


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