表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷中花  作者: 綴奏
59/165

偽りの強者 其ノ八

 ――赤時雨。血の時雨を降らせた悪魔。小学生にして、大人の異能犯罪者を惨殺した少年。その現場は、まさに血の海だったと言われている。赤月本人は、あの事件現場の出来事をはっきりと記憶してはいない。ただ、鮮明に心に刻まれているのは、妹が眼の前で殺される恐怖と、何もできなかった自分の弱さだった。

「……弱い人間の立場を、何もできなかった辛さを知りもしないで、……勝手なことばっか言いやがって」

 赤月が涙を浮かべているのを目にした夜宵は、胸が締めつけられる思いだったに違いない。彼女が噛み締める唇からは血が滲み始めていた。痛みからか怒りからか、赤月は俯いて言葉を飲み込んだかと思うと、再び睨み付けるように顔を上げる。彼の脳裏には、自分の肩に咬み付いて涙を流す忍の姿も思い浮かんでいた。

「……お前は本当に追い詰められた人間を、その目で見たことがあるか」

 赤月を絞め付ける蔓の力が強くなり、その深緑の悪魔を血が滑り落ちる。それでも吸血鬼は歯を食い縛り堪えている。肩から受け入れた上羽巳忍の孤毒と過去の自分を責める気持ちが、どす黒い色へ変わりながら混じり合う。

「あの恐怖と悔しさが……自分を呪う人間の弱さが……」

 いくら頑丈な赤月でも、もはや危険な状態だった。いくら血液が流れにくいとはいっても、既に血を流し過ぎている。おまけに例の毒が抜け切ってはいない。

「お兄ちゃん、もういいから……もうやめて……」

 夜宵だけではない。その場にいる誰もが、これ以上伊原に刺激を加えれば、確実に命を奪われるとわかっていた。ユリア以外の教師陣は、責任を押し付け合うように言い争っているだけで、まるで役に立ちそうにない。

 伊原ヒロは青筋を立てて危険な目を光らせている。どんなに絞め上げても怯まない吸血鬼。セカンドバレットの自分に恐怖の色をまるでみせない赤月時雨。それだけで、彼を殺す理由になる。伊原ヒロという上級異能者は、そういう人間だ。赤月自身も危険な状況だと理解してはいたが、怒りに満ち溢れた彼は、言わずにはいれなかった。言わなければならなかった。

「……お前の力じゃ何も得られない……何も……守れやしない」

 伊原ヒロの指がピクリと動く。

「お前はくだらないプライド以外何もない……偽りの強者だ」 

 ――どこかでわかっていた。それ故に見て見ぬ振りをしてきたのだろう。そして、一人の吸血鬼の言葉が、彼の心からそれを抉り出した。

 伊原ヒロがそれを認めることなどできるはずもない。彼がずっと突き進んできた道を、強者としての自負を、全て否定してしまうことになるのだから。

 ――だから、捕食者は獲物にトドメを刺した。

 赤月の身体に刺を食い込ませている蔓を、一気に引き抜いたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ