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氷中花  作者: 綴奏
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偽りの強者 其ノ七

 ――額を切ってしまった赤月が再び持ち上げられていく。

「聞こえたろ。吸血鬼はどうなったかと騒ぐ声のほとんどが、興味本位でしかない。むしろ血を流しているのを見て騒ぎたがってやがる。それが危険人物であればあるほど楽しいんだろーな。なぁ、そう思うだろ?」

 薔薇の使者が短刀を収めている紫煙乱舞を一瞥する。

「――糸車と違って、お前はただの危険人物としか見られていない。そんなゴミがESP入隊を大声で拒否するなんて狂気の沙汰ってもんだろ」

 赤月は言葉を口にする余裕もなくなったのか、黒い前髪で顔を隠すように俯いている。

「力のある者は異能犯罪者を殺すための弾丸に過ぎない。おまけに俺のようなやつが暴走すれば多くの人間が命を落とす。だからこそ戦闘組織にぶち込み、監視しようとする」

 ――一瞬だけ、伊原の表情から笑みが消え、無表情になった気がした。しかし、今はもう、あの危険な笑みを浮かべている。

「ESPはお前を監視するために入隊を要求した。その点に関しては俺とお前は同類だ。だけどよー、俺のこの残虐性は、俺やお前だけじゃない……ここに集まってきているやつら全員が秘めているものだ。――力の無いゴミ共だって、俺みたいな力を手にしさえすれば、お前をこうしてみたいんだよ。……わかるか?」

「……じゃねえ」

 あまりにも小さな声であったため、伊原ヒロには届いていないだろう。いや、今の言葉は彼に向けて言った言葉ではなく、自分自身の心に向けられたものだった。今の赤月の眼には、薔薇の使者ではないものが見えている。

「ああ? 聞こえねーな。もう声も出せねえのか?」

 赤月は深呼吸するようにして、全身の力を抜く。そして、全てをその声に込めて叫んだ。

「そんな幼稚な精神で……上級者を名乗ってんじゃねえっ!」

 途端に赤月に巻き付いている蔓の縛りが強くなった。しかし、彼の怒りは、自身の痛みをも食らい尽くし膨らんでいく。

「……くだらない理由で他人を巻き込むような馬鹿に、自分の力に責任を持てない馬鹿に――教えてやる」

 面白半分で観戦していた生徒たちも、これ以上、伊原を挑発するのはまずいと感じ始めている様子だった。一度静まったかと思うと、不安そうな声で囁き始めている。

 ついには赤時雨が自分のワイシャツの肩の部分を噛み千切ったものだから、奴が狂ったと騒ぐ声が響く。その一方で、上羽巳忍は彼が何を思ってくれているのかわかっていたはずだ。

 ――彼の肩には、手当をしていない痣がいくつもあった。そう、それは咬み痕に他ならない。心に刻み込まれた悲しみや憎しみは、そう簡単には消えはしない。それでも前に進むため、忍に咬み続けさせた痕。泣きながら、今も苦しみ続けている心の咬み痕が、そこにはあった。

「誰かを助けたくても……それだけの力を持たない人間の気持ちを考えろ。――それになあ、無力な者の立場を理解できないお前みたいなやつのせいで、何の罪もない異能者まで差別されてんだよっ!」

 この直後、見物する女子生徒たちの黄色い悲鳴が響き渡った。忍は手で口を覆い、夜宵は無言で唇を噛み締めている。心から心配していた彼女たちはもう、悲鳴をも失っていたのだ。

 ――赤月を縛る蔓からは棘が姿を現し、白いワイシャツには血が滲み始めている。たった今駆け付けた三日月は無言で怒り、椿に襟を掴まれている。その隣に降り立ったユリアにも椿が状況を説明していた。ユリアは頷きながら胸に手を当てて自分を落ち着けている。一生徒を、そして家族のような友人である赤月時雨を、彼女ならすぐに助けにいこうとするだろう。

 そんな彼女が危険を承知の上で戦おうとしないのは、椿から伝えられた涼氷の言葉、つまりは赤月のメッセージのせいだ。

  ……ただ、そこには碧井涼氷本人の姿はなかった。

 そして戦場では、その場の不安を掻き立てるような、気味の悪い笑い声が響き渡る。

「笑わせるなよ、赤時雨。……俺が雑魚どもの立場なんて知るわけねーだろ。それだけじゃない……お前みたいな偽善者は見てるだけで反吐が出るんだよなー」

 心臓の鼓動のように脈打つ蔓が赤月の傷口を圧迫している。彼の血はみるみるワイシャツの色を塗り変えていく。

「そもそも、お前が俺に文句を言うのはおかしいんじゃねーか? ガキの時には血の雨を降らせていた『赤時雨』の分際で」


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