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氷中花  作者: 綴奏
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偽りの強者 其ノ五

「なあ、お前さー。今何しようとしてたんだ?」

 赤月時雨は腕も動かせない程に縛り上げられていた。

 彼の足元には斬られたことで力を失った蔓が確かに転がっている。しかし、伊原の袖からは全く新しい蔓が姿をみせていたのだ。

「俺をそこらの雑魚と一緒にしてもらったら困るんだよ」

 赤月は決して油断していたわけではない。そもそも、どんなに強力な複手操作が可能な異能者であっても、その操作対象を破壊しさえすれば、しばらくはそれを扱うことを妨ぐことができる。――そのはずだった。

 しかし、伊原ヒロは違ったのだ。機能しなくなった蔓を即座に切り離し、新たな蔓を生成する能力。これは生物系異能者特有の生命力を実に上手く利用していると言える。物質系異能者ならまだしも、生物系異能者でこれだけの複手操作を行える者はそうはいない。


『自分で言うのもあれだけど、上に行けば行くほど、たったひとつのランクが大きな壁になっていくものなの』


 美咲が口にしたあの言葉の意味を、彼女があそこまで怯えていた理由を、赤月時雨は思い知った。サードバレットの上級者を簡単に仕留めたセカンドバレットの力は、またひとつ上の次元にあるのだ。

 ――と、ここで。場に相応しくない罵倒が響く。

「赤月!? ちょっとそこの植物男、放しなさいよ!」

 突然、涼氷たちの背後で大声を上げたのは忍だった。彼女がいることに驚く様子もみせなかった涼氷は、彼女の口を優雅に、それでいて雑に塞いだ。

「っ碧井!? ……放して!」

「殺されたくなかったら静かにしていてください。それにしても、どうしてここに?」

 冷静な涼氷に肩を掴まれたためか、少し落ち着いた忍は言った。

「お見舞いに行ったら病室に赤月がいなかったの。……糸車先輩も知らないって」

 忍がバツが悪そうにしている理由がわかったのか、涼氷は生徒の群れの方へ視線を向けた。すると、虫のように蠢いていた集団が道を開け始める。

 ――寝衣に身を包んだ糸車椿がすぐそこに来ていたのだ。問題なく歩けるようになっていたとはいえ、彼女も外出許可は出されていない。恐らくは、忍が手を貸したのだろう。

「だって、皆あいつのことが心配なんだから仕方ないじゃん……」

 忍がしたことを咎めるような涼氷の視線。

 そして、今度は無感情のそれを糸車椿に向けた。

「私は大丈夫だ。……それよりも問題はやつだ」

「ここは通しません」

 突然の涼氷の発言に、夜宵と忍は驚いた表情をしている。心のどこかで、今の椿であっても助けてくれると思っていたのだろう。短刀を両手に現れたのだから、尚更だ。当の本人もそのつもりに違いない。

「君は……時雨君に死ねとでも言うのか」

 椿は足を止めずに、短刀を鞘から抜きながら言った。

「邪魔をすれば、殺す」

 ――本気だ。夜宵や忍はもちろんのこと、その場にいた生徒たちも凍りつく。本気の殺気というものを、初めて感じ取った者も多いだろう。身体を何かが走り抜けるようにして鳥肌が立っているに違いない。捕食者から逃れるために身につけた生物の本能が、警鐘を鳴らしているのだ。

 その中で唯一、涼氷だけが何の動揺もみせなかった。

 蜘蛛の女王を前にして、その牙が目の前に迫っていようとも。

「そのどちらも、赤月くんは望んでいません」

 誰も息をしていないのではないかと思うくらいの静けさが続く。糸車椿の青い目と涼氷の水色の目が、氷柱をぶつけ合うように睨み合っている。しかし、碧井涼氷の中に赤月時雨の意志を見たのか、紫煙乱舞は舞うことを諦めた。止まっていた血液が再び流れ始めるかのような奇妙な雰囲気が、一匹の蜘蛛の辺りから広がっていく。

「――そうか。時雨君の意志なら受け入れざるを得ないな」

 そう言って、椿が短刀を鞘に収めた途端、再びざわめきが息を取り戻していく。

 それと同時に、グラウンドから吸血鬼の悲鳴が響き渡った。


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