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氷中花  作者: 綴奏
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偽りの強者 其ノ四

 先制攻撃を仕掛けたのは伊原ヒロだった。ワイシャツの袖から勢いよく伸びてきた蔓を、赤月は横に飛んで回避する。嫌というほど弄ばれた悪魔の植物などに捕まるわけにはいかない。一度捕まりさえすれば、それは死と同義だ。

 伊原は横に避けた赤月を逃がすまいと、蔓を横に振り抜く。赤月は持ち前の反射神経でしゃがむようにそれを交わす。それを見た生徒たちからは驚きと興奮のざわめきが起こっている。伊原の深緑の蔓の動きは思いの外速く、難なく対処した赤月は椿に蹴り飛ばされていた時とは別人だったのだ。

「へえー、いいね、いいねぇ。動けるじゃねーか!」

 興奮し始めた伊原は両袖から蔓を伸ばし、赤月への攻撃を再開した。赤月は迫りくる蔓を何本も避けながら、血牙を飛ばすことでしか抵抗ができない。しかし、かなりの距離をキープしている伊原には簡単に避けられてしまっている。

 複手を操る異能者は割と多く存在する。彼らは接近戦には弱いが、自分に近づかれる前に相手を死に追いやってしまう厄介なタイプだ。力で押して強引に突破することもできるが、それは相手のランクが低い時にしかできるものではない。

 赤月は遠距離攻撃も取れるし、剣術、体術も十分に扱える。ただ、どれも決定打に欠けるため、椿のような速攻型の戦いはできない。一番慣れている血刀で攻めようにも、近づけなければ意味がないのだ。

 そして、最悪なことに。伊原の蔓には速度と力がある。通常、複手で戦う異能者は力が分散してしまい、どうしても威力が落ちがちだ。しかし、伊原の場合はその両方を兼ね揃えている上に、かなり正確な操作が可能に見える。

 中距離戦を得意とし、頑丈さを武器に隙を突く赤月には相性が悪過ぎるのだ。いくら丈夫でも逃げ出すことのできない蔓に捕まれば、相手のおもちゃになる寿命を延ばすだけに過ぎない。

 ――伊原の蔓が暴れる馬のようにうねりをあげ、徐々に赤月を追い込んでいく。その光景を目の当たりにして、駆け付けた少女が防球ネットにしがみつく。

「碧井さん……何でお兄ちゃんが?」

 放送を聞きつけてきたであろう夜宵は、病院にいるはずの兄を見て顔を青くしている。制服が乱れているところからして、野次馬たちの間を必死に潜り抜けてきたに違いない。

「セカンドに能力開発試験を申し込まれたんです」

 必死にグラウンドを転げ回っている吸血鬼から目を離さずに、涼氷は答えた。それに対し、独り言のように返ってきた言葉は、色で言うならば赤黒い何かと言える。

「……絶対に勝てない」

 ネットを強く掴む夜宵の指の色は変色し始めている。誰もがそう思っていることには間違いない。しかし、それを真っ先に口にした彼の妹を、涼氷は驚いたように見つめた。震える夜宵はネット越しに兄を真っ直ぐ見つめている。

「守るべき人がいないと……お兄ちゃんは勝てないの。ましてや、試験なんて、お兄ちゃんの中では何の意味もないのに……なんで」

 涼氷は吸血鬼の妹の頭を撫でた。そう、それはまるで赤月時雨が妹にしてくれるのと同じ温かさを感じさせる。それに気づいた夜宵は涼氷の方を涙目で振り返った。

 そして、碧井涼氷は言った。

「そうですか。それなら、あなたのお兄ちゃんは勝つということになります」

「え……?」

 夜宵が今の言葉の意味を尋ねようとした、その時だった。周りの生徒が一斉にざわめいたのだ。グラウンドを睨むように見つめている涼氷の視線を追った夜宵は息を飲む。

 そこには足を掴まれ宙吊りになっている兄の姿があった。

「お兄ちゃん!」

 うつろな眼をしていた兄吸血鬼。しかし、妹の声を聞いた途端、それに応えるかのようにその眼を見開く。地面に叩き付けられそうになると、ついに血刀を手の甲から引き出し、蔓からの脱出を図る。さらには、着地させまいとするもう一本の蔓すらも斬り落とす。そのまま地面に転がり落ちるようにしてすぐさま立ち上がり、ついに吸血鬼が攻撃態勢に入った――


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