偽りの強者 其ノ一
夏休みを迎えようとしている学生たちは、予定のある者もない者も、各々の期待や楽しみを胸に抱いていることだろう。もちろん、黒崎学園の生徒もその例外ではない。いくら強力な異能者が集まっていようとも、そこにいるのは普通の高校生なのだ。
そんな夏休み前の高揚した雰囲気の中、物寂しそうにしている少女の姿があった。一番前の窓際。そんな席でありながら、ホームルームで夏休みの過ごし方を注意している担任を完全に無視している。
沖縄にも負けない青空を見つめながらも、つまらなそうに溜め息をつく。あの吸血鬼が入院していることはわかっているが、どうも彼がいないと調子が出ないようだ。そんな憂鬱な授業が終わった放課後、とある放送が校内に響き渡った。
『二年B組の赤月時雨、至急、第一グラウンド前に来なさい』
その放送を聞いて不審に思ったのは涼氷だけではないはずだ。窓際の一番後ろの席。つまりは教室の端に追いやられている赤月時雨は欠席している。そのはずなのだが、担任は何事もなかったかのように教室から出ていった。すると、いつものんびりと準備をしてから教室を出る涼氷が、鞄すら持たずに速足で歩き出す。
担任の教師は赤月時雨のことを気にも留めない。というよりもむしろ、彼の存在に怯えて避けるような人間だ。だからあの放送を耳にしても、いつもの通り無視をしてもおかしくはない。しかし、吸血鬼嫌いの担任の様子からは、あの放送が流れることを元々知っていた、というような雰囲気が感じられた。
碧井涼氷は少し呼吸を乱しながら、下駄箱に辿り着く。慌てて上履きをしまったため、彼女のそれは蓋に挟まっている。いつもの涼氷はそんなヘマもしなければ、仮にしたとしてもそれを直す。けれど、今日ばかりは違った。彼女の心境だけでなく、黒崎学園の雰囲気そのものも全く違う。
――いつもはいない、何かがいる。
不安に駆られるように走り出していた涼氷が行きついた第一グラウンド。そこは巨大な防球ネットで囲われており、まるで檻にも見える。そして、あの放送を聞きつけて何事かと見にきている生徒に紛れて、黒髪の吸血鬼が見えた。
毒に冒され病院にいるはずの少年。まだ外出許可が出ていない赤月時雨がそこにいる。そして、涼氷に気づいた彼は、ゆっくり彼女に近づいてきた。
「病院はどうしたの?」
少しキツい口調だったにもかかわらす、赤月は優しく微笑んでいる。
「これが終わったら戻るから、心配するな」
何の脈絡もなく頭を撫でられた青髪の少女は頬を赤く染める。
「いつもそんなことしないのに……変ですよ?」
困ったような顔になった赤月は覚悟を決めたように、涼氷の耳元で何かを囁いた。何も知らなければ仲の良いカップルにしか見えない。けれど、二人の雰囲気はどこか寂しげなものがあった。
「それじゃ、また後でな――」