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氷中花  作者: 綴奏
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冷たい銃声 其ノ六

 

 ◆


 翌日の午後、赤月の病室には涼氷と夜宵の姿があった。彼女たちはたった今来たばかりで、点滴を打っている彼の姿を見て不安そうな表情を浮かべている。

「お兄ちゃん、やっぱり何も食べられないの?」

「ああ、痛くて無理だった」

 腕から伸びる透明な管を指で挟むようにして、彼は言う。

「これで栄養取れるのはいいけどさ、点滴ってなんかスースーするから気持ち悪いな」

 赤月は昨日の夜から食べ物を口にしていない。毒で口の中が焼けただれてしまっており、何を食べても痛みが伴うのだ。

「そうですか。では、この葡萄はお預けですね」

 涼氷が手にしているのは、黒いダイヤモンドのように美しい巨峰だった。

 昨日から何も口にしていない吸血鬼が喉を鳴らす。

「涼氷、一個だけなら食べられるかも……」

「痛くて泣いても知りませんよ。……剥いてあげるから待っていてください」

 涼氷がベストポジションを離れると、妹吸血鬼は兄吸血鬼の手を取る。

「ごめんね……突然のことで何をされたかも覚えてないのよ」

「いや、お前が無事ならいいんだ。本当に何ともないんだろ?」

 治癒の能力を扱う異能者は、自分の身体に侵入してきた毒物などの感知ができる。吸血鬼でありながら治癒の力を持つ夜宵も、その例外ではない。その彼女が言うのだから、身体に害を及ぼされたわけではなさそうだった。

「だけど、注射の痕みたいのがあったのよ」

「注射……でもさ、何かを打たれたなら、お前が感知できないはすないだろ?」

「――注射器の使い道には血液採取もあるだろう」

 小さなお皿とフォークを手に戻ってきた涼氷の前には、糸車椿の姿があった。赤月よりも毒が回ってしまった彼女は車椅子に乗ってる。

「夜宵の血が……狙い?」

「あくまで予想に過ぎないが、それしか考えられない。それに、碧井君ほどではないにしても、治癒系の異能者も珍しいだろう」

 確かにその可能性は大いにある。しかし、だからこそ真の目的がわからない。治癒の力を宿した血液が研究に用いられ、医療に貢献する話はあるが、あの便利屋がそんなことのために雇われたとも考え難い。もしそうならば堂々と協力を要請するだろう。それに、夜宵よりも治癒能力が優れた異能者は当然存在している。

「まあ、とにかく全員無事で良かった。……涼氷が階段を上がっていく音が聞こえた時はヒヤヒヤしたけどな」

 そう、彼が舌打ちをしたあの時、碧井涼氷は夜宵を助けに向かっていた。一人で上階に上がったのは、相手があの三人しかいないと確信したからだろう。

「赤月くんが私を置いていくから、こっそりついて行ったんです」

「あれ、椿さんと一緒に来たんじゃないのか? 確かにお前の気配しかなかったけどさ」

 車椅子の上で椿は首を振った。今日は髪を下ろしているため、その紫色の髪が腰の辺りでさらさらと揺れる。

「私はたまたま近くを通っただけだ。銃声が聞こえたものだから、気になってね。――それにしても、どうしてボーガンがダメで銃は平気なのだ?」

 あの時、赤月時雨は背中に三発の銃弾を撃ち込まれている。彼のことをよく知るユリアでさえ、パニックを起こすほどの出来事だった。

 一度は倒れはしたものの、すぐに立ち上がったのだから、不思議に思ってもおかしくはない。

「いや、それは……。夜宵も知らなかったもんな?」

 心配そうにしていたはずの妹の顔は既に冷たくなっていた。

「何で私に振るのよ。自分の能力くらい把握しなさいよ」

「それはつまり、自分があそこまで頑丈だとは知らなかったのですか?」

 葡萄の皮を丁寧に剥きながら、涼氷は信じられないという顔をしている。

「いや……、銃で撃たれたことなんかなかったし。四肢よりも胴体の方があそこまで頑丈だとは思わなかったんだよ」

 情けのないことだが、内臓を守るために四肢よりも胸部や背中といった部分の方が丈夫だと初めて知ったらしい。通常ならいつか気づくはずなのだが、赤月時雨は高二の吸血鬼になるまで、さらには被弾するまで気づけなかった。吸血鬼の中でも特に頑丈な彼にとってはそれが大きな武器にもかかわらず。

 呆れ返っている視線から逃れるように、赤月は物欲しそうに涼氷に眼を向ける。

「なーに?」

 いつもより甘い声を出している涼氷はかなり可愛い。

 少し頬を赤く染めながら、赤月は要求する。

「……食えるかもしれない」

「涼氷様、食べさせてくださいって、言ってみてくれますか?」

 助けを求めるように夜宵に視線を向けるも無視をされる。今度は椿と目を合せたものの、いちゃいちゃしているのが気に食わなかったらしい。

「構わないが、私の場合はこれで食べさせるぞ?」

 椿は膝掛けの中から短刀を取り出してみせた。

「何で病人がそんなもん常備してるんですか!」

「病院には……お化けがいるのだ」

 多分、椿は半分本気で言っている。怖がるように俯いている彼女は、みんなの冷めた視線に気づいてはいない。

「赤月くん……せーのっ」

 何だか今日は妙に猫撫で声を使ってくる。

 そしてついに、入院中の吸血鬼は葡萄欲しさに、そのプライドを捨てた。

「くっそ……涼氷様、食べさせてくださいっ!」

 ――実に安いプライドである。兄の気持ち悪さに気づいてしまった夜宵は顔を逸らし、怯えていたはずの椿は何も聞かなかった振りをして窓の外を見ていた。

 それに気づいた赤月は若干涙眼になったが、期待を込めて大きく口を開ける。

「はい、召し上がれ」

 あまりの痛みに変な悲鳴を上げて涙を流す赤月を見て、涼氷は笑いながらも彼の頭を撫でていた。そんな平和な一場面にいながらも、全員が思っていることがある。

 夜宵の血液を狙った者はそれを善行に使うはずもない。誰かの悪意が自分たちの周りを取り囲んでいる。口にしなくとも、それはわかりきったことだった。


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