冷たい銃声 其ノ五
悲鳴を上げてパニックを起こしているユリアの背後には、ダガ―ナイフを愛おしそうに眺めている少女の姿があった。そして、猫のような笑顔をみせ、刃物を持つ腕を引く。
――その時だった。麻彩アイスナは、突如壁に激突して気を失うこととなる。
「カール!」
いち早く危険を察知したギルベルタが、カール・ガストに警戒するよう呼び掛ける。しかし、それも手遅れだった。包帯男の身体は宙に浮き、壁にひびを入れる程の勢いで吹き飛ばされていたのだ。
「……想定外だ」
そう口にしたギルベルタは、部屋の向こうへと転がるように吹き飛ばされていった。手にしていたハンドガンが、それに合わせるように音を鳴らしながら飛ばされていく。
「椿さん! 動くな!」
――叫んだのは、赤月時雨だった。銃弾を三発も食らっているはずの彼は、生きていた。放心状態だったユリアは驚きと安堵で固まってしまっている。しかし、彼女が硬直している理由はそれだけではない。見慣れない光景が、ここにはもうひとつ。いや、誰も見たことがなければ、誰しもが想像することのない光景があった。
あの糸車椿が、力なく膝を着いたのだ。
「……すまない、私としたことが」
駆け寄った赤月は、彼女を支えながら首筋に眼を走らせた。何か小さな針のような物が刺さっている。
――信じられないことに。正常者であるギルベルタが紫煙乱舞に傷を負わせたのだ。しかし、それを成した彼女の口からは、理解に苦しむ言葉が出てきた。
「首の……それを。抜いて血を……吸い出せ」
見る見る顔色が悪くなっていく椿を抱きながら、吸血鬼はギルベルタを睨み付けた。便利屋の片腕は変な方向に折れ曲がっている。真顔のままだが、かなり我慢しているはずだ。自分の腕がああなってしまったら、気が狂ってもおかしくないにもかかわらず、だ。
「麻痺症状の段階で毒が回るのを止めなければ紫煙乱舞でも死ぬ。……彼女が死なない程度に血を吸い出せ。口に含んだ君も毒に侵されるが……、上手くいけば死ぬことはないはずだ」
既に吸血鬼は蜘蛛の首筋に噛みついていた。一度吸って吐き出しただけで、口の中が焼けるような痛みに包まれる。
ギルベルタは包帯の男に少女を担がせ、何も言わずに出ていこうとした。が、心を取り戻したユリアが動き出そうとする。すると。血の飛沫を散らしながら、吸血鬼が叫ぶ。
「やめろ! 夜宵の方を頼む、上に……涼氷がいる」
ユリアまで毒を盛られてしまえば助けることはできない。仮にそうなった場合、赤月は彼女の毒まで引き受けてしまうだろう。そうなれば、彼の命は確実にない。
二度目の吸血を終えて血を吐き出している赤月に止められたユリアは思い留まったようだった。去っていく便利屋たちを睨み付けながらも、彼女は階段を駆け上がっていく。そのフロアに残された二人はお互いに毒に身体を蝕まれ、浅い息使いだけが反響している。
「時雨……やめろ……下手したら君まで」
「いいから黙ってろ!」
燃えるような口の痛みは喉にまで広がっている。それでも、赤月は必死に吸血を続けた。
自分の喉を伝って毒が侵入してきていることに気づきながらも――