冷たい銃声 其ノ四
ユリアが驚くのも無理はない。正常者の中にも異能者の能力に詳しい者はいるが、一度の攻撃で瞬時にユリアの特性を見抜くのは難しいはずだ。それを簡単にやってのけたのだから、ギルベルタ・フィンガは、やはりただ者ではない。
――突然、包帯男の雄叫びが響き渡った。大男の腕が赤月の血刀で貫かれたのだ。それでも振り下ろされる太い腕を、吸血鬼は両手で受け止めた。が、それを防いでもなお、包帯男は凄まじい力で押し潰そうとしている。
「この馬鹿力が……」
この大男の恐ろしさは力だけではない。それを赤月は知っていたが、ここまで接近戦に優れているとまでは思わなかった。――いや、ここまで痛みを無視してくるとは思ってもいなかった。腕を貫かれているにもかかわらず、その痛みを感じさせないかのように、包帯男は凄まじい蹴りを繰り出したのだ。
無防備だった赤月の横腹に入った蹴りは、彼の内臓を揺らした。しかし、吸血鬼は包帯男の足にしがみ付いたまま、手の甲からナイフをずるり引き抜く。――と、ここで悲鳴すら飲み込む生々しい音が響く。思わず目を瞑りたくなるような音だった。
赤月の頑丈さを知っているはずのユリアが、叫んでいる。……上から殴り付けられるように、彼の顔は地面に叩きつけられたのだ。そこまでならまだよかった。が、彼にしては出血の量が多過ぎるのである。
「カールに敵うわけないじゃん」
その声にユリアが視線を戻すと、麻彩アイスナは既に彼女から距離を取っていた。
「バイバイ、巨乳のおねーちゃん」
満面の笑みをみせて、ピンク色の髪をした少女が手を振っている。自分が狙われていることに気づいた避雷針ユリアは、後ろを振り返った。だがしかし、既に遅かった。
――二度目の銃声と共に、弾丸は背中に撃ち込まれる。
「しー……くん」
――赤月の名を呼んだ避雷針ユリアの視線の先。そこには、吸血鬼の姿があった。
彼は、赤月時雨は、笑っていた。額を血塗れにしながらも、いつものように笑顔でいる。
さっきまで彼が倒れていた場所からは、身の毛もよだつ悲鳴が響き渡っている。そこには、床から伸びている真っ赤な血柱に拳を貫かれた包帯男の姿があった。どうやら赤月の頭を潰そうと、もう一度拳を振り下ろした際、自らそれを貫いてしまったらしい。赤月はわざと血液を多く流し、その機会を窺っていたのだろう。
「流石だが、これ以上は付き合っていられない」
ギルベルタ・フィンガは、さらに二発の銃弾を吸血鬼に撃ち込む。
そう、ユリアを庇った赤月時雨の背中に向かって。
赤月の身体が大きく二回揺れたかと思うと、彼はユリアの前に倒れた。