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氷中花  作者: 綴奏
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冷たい銃声 其ノ三

 

 ◆


 ――いつしか訪れたことのある、埃に塗れたカビ臭い建物の中を、吸血鬼が走り抜ける。床から伝わる嫌な振動、それに……銃声。相手の手の内を大方把握していた赤月は、既に左胸に爪を刺している。銃の引き金に指を掛けていた女は侵入者に気づき、機敏な動きで横に飛ぶ。

「まさかとは思ったが――また君か」

 金髪の外国人女性は足元に突き刺さっている複数の血牙を見て、面倒臭そうな顔になった。

「こっちのセリフだ、クソ便利屋」

「何だと、このクソ短小男!」

「うるせえ、くそガキ! ……ユリア、一旦引け!」

 二つの部屋を仕切る壁が取り払われた廃ビルの一角には、三人の便利屋がいた。包帯男、ピンク頭のハーフ女子とそのリーダーが、またここにいる。

「しーくん、こいつらのこと知ってるの?」

 素早く後方に飛び退いたユリアが、赤月の横に降り立つ。

「以前、涼氷を誘拐したやつらだ」

 そう言いながらも、赤月は忙しなく視線を走らせている。

 それもそのはず、夜宵の姿が見えないのだ。

「夜宵はどうした? 誘拐されたって言ってたよな?」

「それが、上の階にいるらしいの。後を追っていたら階段であの化け物とちびっ子が襲撃してきて……その後、あの女も加勢に来たのよ」

 それを聞いた赤月はすぐに部屋を出ようとしたが、舌打ちをしてその足を止めた。何やらぶつぶつ言っている。

「しーくん、こいつらは私が何とかするから、やっちゃんの……」

 ――と、赤月はユリアの耳もとでそっと何かを伝え始めた。それを見てじりじりと間合いを詰め始めた部下を制止するため、リーダーの女が口を開く。

「そこの女と吸血鬼。私たちはお前たちと争いにきたわけではない。さっさと道を開けてくれないか。赤髪吸血鬼は上にいる」

 恐らく、リーダーのギルベルタが言っていることは本当だろう。以前も嘘を一言も口にはしていなかった。今すぐに夜宵の元に駆け付ければ彼らと争うこともない。

「だとしても、俺はお前らから訊き出すべきことがある。……俺の妹に何をした?」

「殺しもしなければ、身代金でもない。そうなれば、何かをされたと考えるのが普通だな。ただ、何かをしたことは確かだが、あの娘に害のないことだ」

「本当のことを言わないと、そこのくそガキも狙うぞ」

 その言葉が聞き捨てならないと言うかのように、包帯男が唸り声を上げて一歩踏み出すユリアはそれを見ても全く動じず、男を睨み付けている。男性でさえ、あんなホラー映画に出てきそうなルックスの怪物を見たら怖気づくはずだ。それを全く感じさせないユリアに、むしろ赤月が少し驚いている。実践で彼女と肩を並べたことなどないのだから尚更だ。

「落ちつけカール……そして、君もだ。君は麻彩アイスナを殺せはしないし、私が嘘を言っていないこともわかっているはずだ。ならば、ここで言い争っている必要もない」

「大ありだ。仮に害がなかったとしても、その目的と依頼主を知る必要がある。簡単に信用してお前らを見失ったら、取り返しがつかないことになるかもしれない」

 すると、ギルベルタは何かを取り出したかと思うと、床にそれを落とした。

 どうやら、彼女の名刺のようだ。

「何か心配なことがあれば電話を掛けろ。私の携帯に繋がるからこのバカたちが出ることもない。言っておくが、当然依頼主の名は明かせないし、目的すら知らされていない」

 ならば残された手段はひとつ。少女を人質に取り、依頼主の名前を吐かせる他ない。ギルベルタの実力が未知数の今、少女も攻撃対象とする手段が倫理に反するなどと言っている場合ではないだろう。そして、吸血鬼は手の甲をゆっくりと切り裂いていく。

「ユリア……あのナイフ使いのチビを頼む」

「ふふーん、お安いご用で」

 避雷針ユリアは美しく、皆の憧れの教師だ。そんな彼女も立派な戦闘型の異能者。口調はいつも通りに戻ったが、その目は捕食者のそれだった。

「交渉決裂か――」

 目を細めたギルベルタが指を鳴らすと、部下が同時に動き出す。

「カール! その吸血鬼は半殺しね! 後でメッタ刺しにするから!」

 久し振りに頑丈な相手を見つけたことに喜んでいるのか、ナイフの少女は執拗に赤月を殺したがっていた。ただ、今は自分に向かって来る綺麗な女性の動きを観察している。

 正常者の少女と異能者の大人という条件だけで見れば、通常は後者の方が有利と言えるだろう。しかし、便利屋を名乗る彼女たちが、この世界でまともな仕事だけを受けているとは思えない。おまけに、異能者を警戒している正常者側の方が、人の命を奪うことで身を守るという意識は高いのだ。

 ――となると、緊迫した状況になった時、生存本能を先に剥き出しにするのは正常者。つまり、この場合。麻彩アイスナという名の少女だ。彼女は既に、本気で相手の命を奪う体勢へ移っていた。そして、その小さな身体をいっぱいに使って、チョッキに忍ばせていた無数の刃物を飛ばす。

 気づけば包帯男の拳を避けた赤月の肩に、数本のメスのような刃物が突き刺さっていた。とはいっても、彼の頑丈さのおかげで傷は浅い。その一方で、ユリアに向かっていったメスは、すべて床に転がっている。

「なにそれ、何でそんな針で打ち落とせんの!?」

 反則だと言わんばかりに顔を引きつらせる少女は、既にダガ―ナイフを手にしている。どうやら今回は完全武装してきているらしい。

「黙ってナイフを捨てないと、下手したら死ぬわよ」

 ユリアは余裕の表情で身体に電気を帯び始めた。

「麻彩! 飛ばした針を避雷針代わりに電塊を飛ばすタイプだ。隙を見てメスで削れ」

「わかった!」

「あの女……正常者なのに」


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