冷たい銃声 其ノ二
木漏れ日が美咲の顔を流れるように泳ぎ始める。
木々の葉の風に揺れる音が、いつもより大きく聞こえた。
「どうして急にそんな……うわっ!」
赤月が突然悲鳴を上げるのも無理はない。真夏とはいえ、冷たい缶ジュースを首筋に押し付けられれば誰でもそうなる。
「涼氷てめえっ、いきなり何しやがんだ!」
「よくわかりましたね。あ……吸血鬼の後頭部には第三の眼があったのを忘れていました」
「それが事実だとしたら、お前の小説の角でとっくに失明してるだろ!」
いつものじゃれ合いのようなやり取りが始まると、避雷針美咲は無言で立ち上がり鞄を手に取った。
「あ、美咲さん一緒に帰らないか? こいつが図書委員の担当日だったから待たされてただけなんだ」
しかし、美咲は小さく笑いながら踵を返す。
「そういえば、まだやることが残っていたわ。今日はこれで」
「……そっか」
長い茶髪を風に靡かせながら風紀委員は校舎の方へと戻っていく。初めて会った時よりも変わったのは自分だけではない。美咲の方も何かが変わっている。そうは感じた赤月ではあったが、それが何なのかまでははっきりわからなかった。
「何を……見惚れている……んですか?」
美咲から眼を離すと、缶ジュースの蓋に苦戦している涼氷の姿があった。それを手に取り、爪で弾くように開けてやると、彼女は嬉しそうに受け取る。
「――友達の定義って何なんだろうな」
「急に変なことを言いますね。日差しのせい?」
「知ってるくせに吸血鬼の性質を捏造すんな」
しばらく考えるような仕草をみせていた赤月を前に、涼氷は彼が話し出すまで空を仰いでいた。最近になって……ではなく、出会った時から二人の間にはこういったやり取りが自然とあるのだ。
「……なんか、友達と知り合いの境目ってどう判断すればいいかわからなくてさ。そんなんだから、どこまで踏み込んでいいのかもわかんないんだよ」
珍しく真面目な顔をしている吸血鬼を見た涼氷は言う。
「私が好きな飲み物は何でしょう?」
なに言ってんだこいつ、と言いたげな眼で正面に立つ少女を一瞥しつつも、吸血鬼は一応真面目に答えた。
「果汁三十パーセントのオレンジジュース。百パーセントは濃くて喉が痛くなるとかなんとか。甘い飲み物の後は口直しに水があると嬉しい……だったか?」
満足そうに微笑んだ涼氷は、飲みかけの缶ジュースを渡す。
「ん、いいのか?」
「はい、待たせてしまいましたし」
彼女が何を考えているかわからないものの、喉が渇いていた赤月はそれを口にした。
「こういうのが友達ということで、良いのではないでしょうか?」
「え、……は? どういうものだよ?」
涼氷はジュースを受け取ってから、一口飲んで答える。
「ここから先は自分の頭で色々と考えてください」
彼女は赤月の手を取って校門へと向かう。
相変わらず難しい顔をしている吸血鬼の足取りは重いままだ。
けれどその数分後には、彼は走り出していた。
夕食を食べる約束をしていた避雷針ユリアから一本の電話が入ったのだ。
「しーくん、落ち着いて聞いて。――やっちゃんが誘拐されたわ」