冷たい銃声 其ノ一
私立黒崎高等学園には多くの建物が存在する。それぞれの学年ごとに分けられた校舎。その上の階には選択科目に応じて使用する教室がいくつもある。移動教室の際は分かれた校舎を繋ぐ渡り廊下を利用し、昼休みになれば、どの棟からも降りられる地下の食堂へと向かう。
敷地内も広く、グラウンドや体育館はもちろんのこと、温水プール、トレーニング施設等もある。建物やグラウンドを繋ぐ道は綺麗な芝や石畳で整えられており、独特の雰囲気を持つ。
どこに行こうか迷ってしまいそうな場所ではあるが、ひとりの吸血鬼の居場所は限られている。校門から校舎へカーブを描きながら伸びるメインの通り。そこから一本道を反れた場所にあるベンチだ。本日の吸血鬼は、そこに寝そべって舟を漕ぎ始めていた。
「あら赤月君。お昼寝?」
半開きになっていた眼をこじ開け、遠くの音を聞こうとするプレーリードッグの如く。辺りを見回した吸血鬼は、顔を輝かせた。
「おっ、美咲さん。なんか久し振りだよな」
「元気そうね。……隣、いいかしら?」
独り占めしていたベンチに座り直した赤月は、木々の間から差し込む日差しに眼を細める。伝説のように日差しに当たって死ぬなんてことはないが、並みの人間よりは眩しいことに変わりはない。
「そういやあの日さ……」
「あの日?」
風紀委員に顔を覗き込まれた吸血鬼は、身体を引くようにして視線を逸らした。
「いや、えっと……そうそう、こないだはごめんな」
「え、何のこと?」
「俺たちだけで遊園地に行ったことがあったろ? 本当は美咲さんも誘いたかったんだけど、土日は予備校って聞いてたからさ……」
ずっとあの日のことを気にしていた赤月ではあったが、それを伝える機会が無かった。クラスが離れている上に、廊下ですれ違う時も忙しそうにしていたため、声を掛けられずにいたのだ。だからといって、彼女のクラスに行こうものなら迷惑を掛けてしまうに違いない。それに、彼女に話し掛けたところで、まともな会話が出来るとも思ってもいなかったのである。
「――気にしてくれていたのね。でも、気持ちだけで十分よ。大人数でそういうところに行くのは苦手な方だから。……そもそも、あそこは嫌いなのよ」
確かに、美咲はあまりバカ騒ぎするようなタイプには見えない。
「ああ……そうなんだ。――もし気が変わってまた行くことがあったらお化け屋敷には入らない方がいいぜ。ゾンビは追い掛けてくるし、信じてたやつらは窮地に立たされると俺を餌にしようとするし」
吸血鬼が体験したお化け屋敷のエピソードを聞きながら、美咲は笑っていた。けれど、心の中では別のことを考えているようにも見える。どこか、赤月の横顔をぼーっと見つめている気がするのだ。
「赤月君……初めて会った時より雰囲気が随分変わったわ」
「え、そうか?」
茶髪の長い髪で顔を隠すようにして美咲は言う。
「どうして、あの人たちは赤月君と仲良くなれたのかしら」
俯き気味になった彼女を見て、吸血鬼はキョトンとしている。
「たまたま関わる機会が多かっただけだろ。それ以上でもそれ以下でもないんじゃないか?」
まるで、赤月の言葉など聞こえていないかのように。避雷針美咲は言った。
「……私も同じクラスが良かったわ」