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氷中花  作者: 綴奏
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忍ぶドク牙 其ノ七

 

 ◆


 辺りがすっかり暗くなった頃、破けたワイシャツをまとって帰宅した兄を真顔で見つめる妹の姿があった。普段ならまず何があったのか問い詰めるところだ。が、彼の後ろから出てきた忍の様子を見ると、何も言わずに皆を家に上げている。兄と廊下で話し終えた夜宵は、忍を自分の部屋に呼び、赤月は涼氷と三日月の待つリビングへと戻った。

「上羽巳さん、大人しく傷痕をみせると思いますか?」

 あのやり取りの間、ずっと外で待っていた涼氷は、ここに来る最中も何も話そうとはしなかった。そんな青髪の少女が何を思っているのかはわからない。それでも、あの家の窓から顔を出した赤月と目が合った彼女が、とても優しい目をしていたことは確かだ。

「夜宵に任せておけば大丈夫だろ」

 心から妹を信頼している兄は、上裸のままソファに腰かけていた。彼は夜宵のことを誰よりもよく知っている。彼女は外傷治癒のスぺシャリストであるだけでなく、心の傷にも敏感なのだ。


 ――二階にある夜宵の部屋のドアを、忍は恐る恐る開けた。その部屋の視界は月明かりでなんとか保たれている。少しでも傷をみせやすいよう、夜宵が部屋を暗くしておいたのだろう。この程度の暗さなら、夜宵の目にも咬み痕がはっきりと見えるのだ。そして、彼女は孤独が刻み込まれたその痕を、そっと舐め始める。

 忍は怯えたような小さな声を上げた。その行為に慣れていないこともあるだろうが、夜宵の治療は効果が高い代わりにかなりの痛みを伴う。傷口を直接舐める痛みに加え、燃えるような熱を感じることになるのだ。夜宵が治癒能力を使うと、彼女の舌はかなりの熱を帯びるため、焼けるような痛みが傷口を包む。その熱は数日持続するが、それさえ耐えれば切り傷のような外傷には特に効果がある。

 今は夜宵にしか見えていないなか、付いたばかりの傷はしっかりと止血されていく。

 ――数分の治療を続けた夜宵は、忍が部屋に入ってから初めて言葉を口にする。

「痣みたいになってるものは時間かけないとダメだけど、いずれ消せますから」

 忍の目でははっきり見えないが、夜宵が優しく微笑んだのは感じ取れたはすだ。やはり兄妹というだけあって、あの兄の温かさに近いものがある。

「今後、週末に予定がなければうちへ来てください。みーちゃんも夕飯食べに来るし、その都度治療すればもっと良くなります。痣だけなら今感じている熱をそこまで我慢しないで済みますから」

 いつもは「夜宵ちゃん」と言って、妹吸血鬼のことを可愛がっている忍ではあったが、今日ばかりは彼女の方が妹のように見える。

「えっと……、ありがとう……」

「その言葉は完治して笑顔になれたら聞きたいです。そしたら、もっと肩とか出せる、可愛い服を一緒に買いに行きましょうね」

 夜宵に抱き締められた忍は、まるで赤月時雨にしがみつくように声を上げて泣き始めた。

 ずっと忘れていた。優しい温もりを思い出したかのように。


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