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氷中花  作者: 綴奏
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忍ぶドク牙 其ノ六

 動かなくなった赤月を睨み、牙を剥き出していた忍は、ハッとして後ろを振り返る。彼女の背後には、いつの間にか姿を現した三日月がいた。恐らく、他人の影に移動するあの能力を使ったのだろう。しかし、興奮している忍は親友にも声を荒げる。

「入ってこないで! こんなアタシを見ないで! 今すぐ出てって!」

 それでも落ち着いている三日月は、痙攣している吸血鬼を見た。そして、その部屋に転がっている死体に視線を移していく。


 ――この部屋には、首のもげたボロボロの兎の縫いぐるみが転がっている。

 もちろん、一匹ではない。

 何体も、何体も、何体も、首を失った人形がいる。


 その視線に気づいた忍は、目に溜まっていた涙を溢れさせながら、自嘲するように叫ぶ。

「見ればわかるよね? そうだよ? アタシはおかしいの!」

 三日月は相変わらずの無表情だ。

 けれど、彼女の瞳は、いつもより深い漆黒に染まっている。

「アタシなんか誰も受け入れない! 可哀想とかも思われたくない! そんなことで優しくされたくもないの!」

 三日月は、忍に一歩近づく。

「しのぶのこと、好き」

 これ以上近づくなとでも言うように、忍は三日月が伸ばした手を叩く。

「嘘つかないでよ! アタシのことなんか何も知らないくせに! アタシのことなんか何も訊いてもこないくせにっ!」

 忍は自分のことを何も語ろうとしない。

 だからこそ、三日月はあえて訊き出そうとはしなかった。

「しのぶが言えるまで、ゆっくりでいい。そう思ってた」

 けれど、それが忍をここまで追い詰める結果になるとは思っていなかったのだろう。彼女の声は、震えていた。そして、突き刺さるような蛇の視線から逃げるように、俯せで倒れたままの赤月を見つめる。

「でも、しのぶは限界。しぐれは気づいたから、孤毒を受け入れた」

 赤月の肩からは真っ赤な血が滴り続けている。かなりの量の毒を流し込まれ、流血を止める体質も麻痺しているらしい。


 その視線を蛇の少女は追った。

 そして、怯えた――


 時限爆弾から店を救った際、赤月は自ら肩を切り裂いている。しかし、あの時でさえ、ここまで血が滴ることはなかった。


 そんな彼が。

 自分の部屋で。

 自分の毒で。

 自分の独で。


 血を、流し続けている。

 そんなリスクを冒してまで、ドクを受け入れたのだ。


 ――上羽巳忍は大切な友達に。

 大好きな人に。

 孤毒を押し付けた。


 それなのに、その吸血鬼は穏やかな横顔をみせて倒れている。むしろ、それが当然のような顔で、自分を受け入れてくれた吸血鬼。ずっと一人で堪えてきた忍には、それが理解できなかったのだろう。先程までの怒りと悲しみは陰を潜め、今は恐怖が彼女の感情を支配しているように見える。

「しのぶ、どこにも行かないで」

 相変わらず真顔ではあるが、三日月は両腕をそっと広げる。

 まるで、忍が前に進むのを待っているかのように。

「あと一歩、踏み出すだけ」


 縫いぐるみの死骸の転がる部屋。

 痣や咬み痕だらけの自分。

 それらを見つめると、上羽巳忍は震え出した。


 大好きな赤月時雨にしたこと。

 大切にしてきたぬいぐるみにしたこと。

 自分の身体にしてきたこと。

 そんなことができてしまう自分の心を、恐れるように。


「……ホントにこんなアタシを見ても……嫌わないの? ……気持ち悪くないの? アタシを捨てないの? ……ううん、捨てるよ。……だってアタシは」


 ――げほっ。

 と、一人の少年がむせる。

 そして、呻き声に近い声が。

 それでいてはっきりと聞こえるあの少年の声が。

 悲しげな暗がりに響き渡る。

「……そんなわけ、ねえだろ」

 どうやら吸血鬼に注がれた毒の効果が薄れたらしく、ゆっくりと身体を起こし始めた。

「俺はどんな忍も大好きだ。だから、どこにも行くな。たとい俺を咬み殺したとしても、お前を嫌いになったりするもんか」

 きっと――、忍にはもう何も見えてはいなかっただろう。

 目の前はぼやけ、ただ彼の声だけが胸の中に響いていたに違いない。

「…………ごめんなさい……ごめんなさい」

 孤毒に気づき、それを受け止めてくれた大好きな人に。

 彼女の身代わりに死んでいったぬいぐるみたちに。

 ――そして、傷付けてきた自分の身体に。

 上羽巳忍は謝った。

 三日月が忍を、その二人を赤月がそっと抱き締める。二人の腕の中に包まれた痣だらけの蛇の少女は子供のように、泣き続けた。


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