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氷中花  作者: 綴奏
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忍ぶドク牙 其ノ五

 

 ◆


 三日月の案内の下、赤月たちは小綺麗なアパートに辿り着く。

 ズボラな少女とは違い、蛇の少女は予算内でお気に入りの物件を一生懸命探したのだろう。あのボロアパートに比べ、忍のこだわりが見て取れる。

 さっそく三日月が呼鈴を押そうとしたが、赤月はそれを止めた。忍の性格上、馬鹿正直に呼鈴を押しても出てこないと思ったのだ。話し合いの結果、まずは中にいるかどうか、窓から確認することとなる。しかし、この後、事態は思わぬ方向へと動き出した。カーテンの隙間から窓を覗いていた赤月は、血相を変えて三日月を押し退け、ドアノブに飛びついたのだ。

 ――やはり鍵が掛かっている。眼を血走らせながら吸血鬼の視力をあらゆる場所に向けている赤月は、最初に覗き込んでいた窓に行きついた。幸い窓の鍵は掛かっておらず、すかさずそこから中に飛び込んでいく。

「しのぶっ!」

 赤月の声に驚いた忍は、しなやかな肌が露わになった上半身を隠そうとした。公立高校にありがちな紺色のスカートに長袖のワイシャツを着ていたはずの上羽巳忍。今はそのボタンを全て外し、腕だけ袖に通した状態で肩を出している。赤月はワイシャツを着直そうとする彼女の手を払い退け、床に押さえ付けた。

「お前……」

 ついにはワイシャツを破り去り、彼女の上半身を先程よりも血走った眼で観察し始める。


 ――忍の身体は咬み痕と痣だらけだった。


 特に腕には無数のそれがあり、肩からは今も血が滴っている。

 赤月がカーテンの隙間から見たもの。それは、暗い部屋で泣きながら自分の肩に噛みつく少女の姿だったのだ。

「……いやっ、……いやああっ!」

 赤月から逃れようともがく彼女の肩をよく見ると、咬み痕はひとつどころか複数あることがわかった。その中には赤黒くなってしまっている箇所も多く見られる。

「お前、ずっと……」

 その傷を見た赤月の手から思わず力が抜けると、忍は彼の腹を思い切り蹴り飛ばした。思わぬ反撃を食らった吸血鬼は仰向けに引っくり返る。

「赤月には関係ない! 誰にも……誰にも知られたくなかったのに!」

 身体を起こした赤月の前には、目に涙を浮かべる忍がいる。

「もうアンタの顔なんて二度と見たくない! 帰って! もう来ないで! アタシなんかほっといてよ! もう……もう全部イヤっ!」

 あの明るくて活発な上羽巳忍が、ヒステリーを起こしたかのように泣き喚いている。忍の身体の痣は古いものがいくつも残っているが、新しいものが生々しく異様に目立っている。恐らくここ最近、彼女に対する虐めが悪化したのだろう。そして、そのきっかけはあの蔓の悪魔。赤月はそう確信していた。

 セカンドバレットの発言からして、白上高校の生徒はもう一人、彼に襲われている。恐らく、忍が赤月たちの前に全く顔をみせなくなる数日前の出来事だったはずだ。

 怒りと悲しみを通り越した吸血鬼は、蛇の少女の肩を放す。膝を着いた無表情の赤月は自分のワイシャツの胸元に手を掛けた。そして、突然それらを思い切り引き裂く。

「お前をひとりぼっちになんてしない。抱え切れないなら、俺にその痛みを渡せ」

 赤月時雨は、大切な人のために自分の身体を差し出すことを選んだ。

 パニックになっている忍は髪を逆立て吸血鬼に飛び掛かる。

 修学旅行の時とは違う、悲しみと孤独に満ちた牙で、容赦なく彼の肩に咬み付いた。

 赤月は痛みに歯を食い縛りながらも、毒牙を食い込ませる少女の頭を撫でてやった。

 忍の毒が身体を駆け巡り、吸血鬼が倒れるその時まで。


 ――上羽巳忍はゆっくりと身体を起こすと、こう言った。

「もう……終わり」

 蛇は吸血鬼の血を口から滴らせている。

「…………のこと好きになって……友達もできたと思ったのに……アンタのせいで――赤月のせいで、もう全部終ったの!」


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