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氷中花  作者: 綴奏
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忍ぶドク牙 其ノ三

 

 ◆


  ――忍の通う白上高等学校の校門から、三人は敷地内を覗いている。

「なんでお前まで来てんだよ」

「可愛い女の子が怪しい男に誘拐されていたので」

 いつか涼氷にぎゃふんと言わせてやる、と思いながらも赤月は黙って校内を観察した。瞬きすることなく吸血鬼の眼が捉えた風景には、校門を少し進めば右手にグラウンド、真っ直ぐ行けば古びた校舎がある。

  私立高校の中でも黒崎学園は敷地内が異常に広く設備も良い。中学も私立だった赤月にとっては、どちらかというと忍の通う学校は小学生の時に感じた雰囲気に近いものがあった。

 ――小学校。怯えた表情で自分から逃げ惑う小さなクラスメイト。そんなことを思い出していた彼は、ふと意識を戻す。と、一人で校門に歩いて来る忍の姿を眼にする。アルバイト先にいた時よりも、ずっと暗い顔だった。

「あいつ、ホントにどうしたんだ……」

 さらに、運の悪いことに、飛んできたサッカーボールが肩にぶつかり、彼女は転んでしまっている。どうやらサッカー部が練習中に外したシュートが当たってしまったらしい。

「どこに蹴ってんだ、あの野郎」

  しかし、その数秒後、赤月たちは信じられない光景を眼の当たりにすることとなる。あろうことか、ボールを追い掛けてきたはずのサッカー部員が、倒れている忍の腕を蹴りつけたのだ。

 身体を丸めて痛がる忍を見て周囲の生徒は笑っている。

「くっそ、ふざけんなっ!」

 堪忍袋の緒が切れた赤月が忍の元へ向かおうとすると、それを涼氷が引き止めた。

「やめてください。状況を悪化させるかもしれませんよ」

「だけどっ!」

 納得のいかない赤月は涼氷に何か言おうとした。が、揉めていた二人に気づいた忍は走り去ってしまう。

「あ、おい、忍!」

 すぐに彼女を追い掛けようとした赤月であったが、あることに気づき踏み留まる。

 ――三日月の姿が見当たらない。慌てて周囲を見渡すと、彼女は校庭でサッカー部員に囲まれていた。何やら、異能者を毛嫌いする正常者の暴言が聞こえてくる。

「なんだよお前、あいつの仲間か? くせーからお前らの化け物高校に連れてけってんだ。あぁ……そっかぁ、あそこは私立だから、あのビンボー女には無理ってか?」

 サッカー部員は男子高校生特有のバカ笑いをしている。

「好き勝手言いやがって……」

 黒髪の吸血鬼が怒りに歯を食い縛り表情を歪める。

 ――と、突然、部員の一人が宙を舞った。かと思うと、また別の一人が吹き飛んだ。その光景を目の当たりにしたサッカー部員は、地面を這う虫が火を避けるように後退っていく。赤月より先に駆け付けた涼氷が三日月を抱き止めている。それもそのはず、彼らを襲ったのはこけし少女の影だったのだ。それでもなお、影の拳ががむしゃらに空を切っている。

 どうやら赤月だけでなく、三日月の堪忍袋の緒まで切れてしまっていたのだ。――ついに、黒髪の眼付きの悪い少年が進み出る。

「お前ら、今度また忍にあんなことしてみろ。その時はお前らにも同じことをしてやる」

 先ほど忍を蹴りつけた少年は、三日月の影を指差しながら吠える。

「お前ら異能者はいつも俺らに危害を加えてくるじゃねえか!」

 蛇が鎌首を持ち上げるかのように、再び人型の黒い塊がうねり始めた。

「やめろ、三日月」

 しかし、彼女の怒りは未だに収まる様子もなく、その感情が影を伝わって溢れ出している。

「――もういい、やめろっ!」

 赤月の鋭い視線に気づいた三日月は、怯えるように影の具現化を解除した。それを確認した黒髪の吸血鬼は、ゆっくりと眼の前の少年に視線を戻す。

「この子が手を上げたのは悪かった。だけど、忍がお前らに何かしたのか? なあ、何でお前は倒れた忍を蹴りつけたんだ?」

 一方的な暴力を振るっていた自覚があるのか、少年は言葉に詰まった。しかし、すぐに開き直って話題をすり替える。

「お前らみたいなのがいなけりゃ、昔の内戦もなかったし犯罪も減るんだよ!」

 赤月はそれを聞いて深い溜め息をついた。

「お前さ、まさか全ての報道を鵜呑みにしてるんじゃないだろうな。能力別人口を考慮に入れても正常者の方が犯罪者の割合は多いし、力に差はあってもその凶悪性はどちらも変わらない。それなのにメディアは異能犯罪ばかり取り上げる傾向があるんだよ」

 そう言った後、黒髪の吸血鬼は信じられない行動を取っている。というのも、赤月は自分の手の甲に思い切り咬みついたのだ。さらには、もう片方の甲まで爪によって傷付けている。

 たといこの吸血鬼のことを知っている人間であろうとも、彼が何をしようとしているのかわからず不安になったことだろう。当然、サッカー部員たちだけでなく、野次馬たちも不安気にざわつき始めている。けれど、頭に血が上っている吸血鬼はお構い無しにこう言った。

「異能者側の非も俺は認める」

 赤月時雨の左手は爪が食い込むくらいに握り締められる。

「……だけどな、お前ら正常者の取ってきた行動や間違った認識が内戦を引き起こした一因だと、いい加減気づきやがれ!」

 赤月は血の飛沫を上空に振り撒いた。それは血の雨ではなく、ガラスのような音を立てる血の結晶と成り果てる。空から真っ赤な結晶が降り注ぎ、パニックになったサッカー部員や周りにいた者は次々に悲鳴を上げて走り去っていく。

  三日月はその光景を見て固まってしまっているが、無理もない。赤い雨が降り注ぐなか、鋭い眼光で走り去る生徒を睨みつけている赤き吸血鬼は、普段の彼とは全く別の何かに見えていたのだ。――と。

「へえー……赤時雨というくらいだから血の雨かと思ったが……これは結晶かぁ。つまらねーな、おい」


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