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氷中花  作者: 綴奏
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赤き返り血 其ノ四

 

 ◆


 便利屋を名乗る奇妙な三人組が去った後、赤月と青髪の少女は見晴らしの良い川沿いを選んで歩いていた。その道中で話を聞くと、過去にも二回ほどこのようなことがあったのだそうだ。それだけ話すと、周囲を警戒している赤月とは違い、彼女は前だけを真っ直ぐと見つめたまま歩き続けている。

 そこまで狙われるとなると何か事情があるに違いない。そう思った赤月が遠慮気味に口を開く前に、彼女は自分の生徒手帳をみせてきた。


 青髪少女の名前は碧井涼氷。

 分類は非物質系異能者で、その性質は『時』。

 個体識別名は『時間螺子』とある。


「時の異能者は珍しいので、こういう被害に遭いやすいんです」

「……お前、よくそこまで落ち着いていられるな」

 碧井涼氷は赤月に詰め寄った。

「可愛らしい女の子が誘拐されて怯えていたというのに、よくそんなことを言えますね。……ですが、助けてもらったことですし、私のことは涼氷って呼んでもいいですよ」

 赤月は顔をしかめて、逃げるように一歩引いた。

「……別に呼びたくねえよ」

「素直じゃないんですね。率直に血を吸わせて欲しいと言えばいいのに」

「……俺の性質を知ってるのか?」

 赤月の噂を耳にしたことがあるにしても、まさか写真が出回っているわけでもない。そして、転校してきたばかりの彼女がそれを知り得た理由。恐らくはギルベルタと名乗る女性と同じように、彼の戦闘スタイルで判断したのだろう。

「『赤時雨』……でしたか? 話には聞いていましたが、こんな冴えない男だとは思いませんでした。友達もいなそうですね」

 綺麗な花には刺がある。しかも彼女の場合は誤って触れて怪我をするのではなく、花の方から刺を突き刺してくるタイプだ。それでも、心に刺さった棘を引き抜くように吸血鬼は悪あがきを試みる。

「仲間がいないとか聞いたし、人のこと言えないだろ」

「失礼ですが、あなたの三センチ物差しで私を測らないでください」

「みじかっ!」

 小学生の時に誰もが持っていた三十センチ物差し。高校生になった赤月の心は成長するどころか十分の一になっているらしい。赤月を馬鹿にするその言動とは裏腹に、涼氷はハンカチで額の血を拭ってやっている。彼が避けられている理由を知っているようだが、他の生徒とは違って露骨な態度をみせようとはしない。

「お前は目で見たものしか信じないタイプ……か」

 血に染まったハンカチを畳みながら、碧井涼氷は静かに語り始める。

「噂のすべてが嘘だとは思いませんが、そんなのものに振り回されたくもありません。それにしても、吸血鬼の異能者は五感が発達している、頑丈にできている、という話は本当のようですね。壁を壊す人間ハンマーにされておいて、よくこれだけで済んだものです。ですが、額も切れているし、病院に行きましょう。――これ以上馬鹿になったら可哀想」

 褒めているのか馬鹿にしているのかわからない言い回しの末、やはりトドメを刺しにきた。

「これ以上馬鹿にならねーよ。それに、この程度なら家で治療できる」

「本人がそう言うのであれば構いませんが。……そういえば、どうしてあの廃ビルがわかったのですか? 橋の下に降りてきた時は、ものの数秒で頭を潰されていましたし」

「……それのおかげで包帯男に俺の血液が付着していたからな。自分の血はある程度離れていても感知できるんだよ」

「血液感知に真っ赤な武器といい、『赤時雨』という通り名は案外、嘘ではなかったのかもしれませんね」

 そう、彼の「通り名」は『赤時雨』である。

 しかし、それは生まれた時に記録される「個体識別名」ではないし、まともに生きていれば「通り名」なんてものが付くはずもない。

「俺は平凡な高校生だし、そんな通り名は真っ赤な嘘だ」

「上手い事を言ったつもりですか?」

 つまらなそうに、肩に掛かった青色の長い髪を払うと、赤月の心を見透かすように顔を覗き込んでくる。

 ――氷のように冷たい、その水色の瞳で。

「……ここではっきりさせましょう。私を助けた目的は何ですか? 下手をすれば、あなたが殺されていたかもしれません。それほどまでに、私の血を欲しているのですか?」

 赤月は一歩も下がることもなく堂々と答えた。

「言っておくが、俺はお前の血なんか興味はない」

「それはそれでムカつく答えですね。抱きついてきたのは吸血するためだとばかり……」

 自分が赤信号を無視したことを忘れていた赤月は眼を逸らした。すごくタイプだったと口にしても、彼女が相手では自分の死期を早めるだけだろう。

「あれは本当に悪かった……自分でもなんであんなことしたのかわからないんだ。だけど、血を吸おうとしてそうなったわけじゃない」

 ――それに血を吸ったことなど、一度もない。

 碧井涼氷は赤月時雨の嘘を見抜こうとするように瞳を見つめ続けていたが、溜め息をついて青髪を弄り始めた。

「なら、痴漢行為までに留めておくべきだったのではないですか?」

「誰だって、誘拐されてるやつがいたら助けるだろ」

「……どうでしょうか」

 それにしても、普通なら恐怖に震えていてもおかしくない状況だった。死んだような目をしながらも、少しの動揺もみせなかった少女。昔あった誘拐事件で心を閉ざしてしまったのだろうか。

「そういや、お前。学校を出た時点から俺の血液が付着してなかったか?」

「ふーん、それで橋の下がわかったのですか。大したことではありません――気を失っている時に眼から血が流れていたものだから、ハンカチで拭いてあげたんです」

 赤月は急に焦りだして、眼の周りを触り始めた。

「いくら頑丈でも、それってヤバいだろ……」

「え? 吸血鬼ってそういう性質なのでは?」

「そんなもん聞いたことねえよ!」

 涼氷は納得のいかない様子で赤月の眼を覗き込む。そして、冷たい目をしたまま彼女は微笑んだ。

「まあいいです。……赤月くん、あなたが私に出会ってしたことは万死に値しますが、その後の活躍で帳消しにしてあげます。――ありがとう」

 そう言って、涼氷は赤月の頬にキスをした。とても純粋で、何のいやらしさもない、感謝のくちづけ。彼は顔が一気に熱くなるのを感じて思わず眼を逸らす。

「今日から宜しくお願いしますね――赤い涙の王子様」


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