忍ぶドク牙 其ノ一
今日の放課後も、赤月はキョロキョロしながら校舎から校門へと歩いている。
――どうやら忍は今日も来ていないらしい。
というのも、ここ二週間、彼女は一切姿をみせていない。久し振りに顔でも見にいこうと考えた赤月は、嫌がる涼氷を連れてファミレスへと向った。
「もしかして、今日いないのか? ――お、いたいた」
席に通された赤月は身を乗り出して店内を見回し、暇そうにしている忍をさっそく見つけ出した。しかし、彼女は気づいていないのか、彼らの席へ来る様子はない。
涼氷が呼び鈴を押し、彼らの席番号が電光掲示板に表示される。すると、これにも気づかなかったのか、忍はキッチンの方へと行ってしまう。気づかなかった――というより、わざと無視したようにも見える。代わりに注文を取りにホールに出てきたのは、三日月だった。
「なあ、三日月。忍のやつ変じゃないか?」
赤月は涼氷にメニューを渡しながら黒髪の店員に尋ねた。相変わらずの無表情だったが、心なしか、学校で見かける時よりも元気がないように見える。
「しのぶ、元気少ない」
「何かあったのか?」
三日月が首を横に振ったのは意外だった。忍と一番仲が良いのは影野三日月だ。お互い一人暮らしである上に、アルバイト先も一緒なものだから、何かと助けあっている。そんななか、忍に何の興味もなさそうにメニューを眺めていた涼氷が、そっと顔を上げた。
「みーさん、上羽巳さんって、いつもあのカーディガン着て働いているのですか? 半袖の制服とはいえ、冷房もそこまで寒いとは思えないのですが」
三日月が頷くのを見て赤月は思い出す。
「そういや、前のバイト先でもカーディガン着てたな」
爆弾を仕掛けられていたあの喫茶店。あそこの従業員でカーディガンを着ているのは、忍だけだった。沖縄の修学旅行や遊園地に行った時も、皆が半袖にもかかわらず彼女は長袖。とはいえ、もう見慣れた姿だったので誰も気にはしていない。
「そうですか。まあ、私には関係ないですけど」
そう言いつつも、涼氷の鋭い目は店の奥に注がれていた。
――結局、赤月たちのテーブルに忍が来ることはなかった。忙しい時ならまだわかるのだが、今日ぐらい暇な日に話し掛けてこなかったことは一度もない。店を後にしてから難しい顔をして歩いている赤月の頬を涼氷が軽く抓る。
「いった……くはないけど、なんだよ?」
攻撃対象にされやすい彼は、反射的に痛がってしまうようになっていた。一人ぼっちの時にはなかったものの、これはこれで虚しい癖だ。
「そっとしておくのも優しさだと思います。赤月くんはいつも深入りし過ぎなのですよ。土足で心に踏み込んでこられた側はたまったものじゃありません」
「ちょっと待て、俺がお前の心に土足で入り込んだみたいな言い方をすんな。むしろ、お前が俺の心を踏み躙りまくってるだろーが!」
「冗談です。でも、触れられたくないことがあってもおかしくはないでしょう?」
頬を抓る涼氷の手を乱暴に掴むと、赤月はあしらうようにその手を振り払った。すると、彼女は悲しそうに胸に手を当てて言う。
「もう、乱暴ですね。――私という可愛らしい教科書がいるんですから、乙女心をもっと勉強してください」
「お前は教科書検定で一番最初に弾かれるタイプだろ」
そんな二人は、店の窓から自分たちに向けられた視線に気づいてはいない。
いつも爛々と輝いていたその緑の瞳は、すっかり濁ってしまっていたことにも。