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氷中花  作者: 綴奏
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碧い月明り 其ノ五

 

 ◆


 ――トラブルはあったものの。というよりもトラブルばかりであったものの。彼らは無事に地元の最寄駅に到着した。赤月は眠ってしまった三日月を背負っていたため、のんびりと後ろの方を歩いている。

 憂鬱な月曜日から目を逸らすようにフラフラしている者。明日から一週間を乗り切るために足早に帰路につく者。そんな異なる性質を帯びた人間がパラパラと見える地下街。その途中で涼氷は急に立ち止まり、ある物を見つめ出した。忍たちがそれに気づかずに先を歩いていくなか、赤月は後ろから彼女に声を掛ける。

「氷中花――綺麗だよな。今朝から置いてあったぜ?」

 そこには色取り取りの花を取り込んだ、大きな氷が飾ってあった。


 その美しさ故に、好奇の視線を向けられる花。

 その珍しさ故に、誰もが触れたがる氷の檻に閉じ込められた花。

 彼の視線とは対象的に、涼氷のそれには強い嫌悪感が滲んでいる。


「これ嫌いです」

「……俺は好きだけどな、綺麗だし」

 黒髪の少女を背負い直す吸血鬼はなんとなく答える。

 それとは対照的に、碧井涼氷は言った。

「この花は何もできずに、ただ凍えているだけじゃないですか」

「好き嫌いはあるだろうが、一応アートだからな?」

 納得がいかないのか、涼氷は死んだような目でそれを見つめていた。大抵は綺麗な飾り物と認識する程度かもしれないが、涼氷の言葉からは、花の視点からそれを見ていることがわかる。隣にいる吸血鬼はそんな彼女の心に寄り添うように言葉を紡いだ。

「でもさ、感じられるのは冷たさだけじゃないだろ」

「物珍しいものを見る好奇の視線……ですか?」

 相変わらず彼女の声は冷たい。

「そんなんじゃねえって。氷は透き通っているから、光が見える」

 聞き慣れない言語を耳にしたような表情で、碧井涼氷は吸血鬼を見た。

「光……ですか?」

「ああ。それに、いつかはここからだって出られる。それをわかっているからこそ、この花はこんなに綺麗なままでいられるんじゃないのか?」


 ――どうしてだろう。

 何が彼女にそうさせたのだろうか。

 それはわからないが、わかったことがひとつだけあった。


 碧井涼氷の唇は冷たくて、寂しげで。

 それでいてどこか温かい。


 彼女がそっと顔を離した今も、彼の唇にはその感覚が残っている。

「この花にも、月明りが届くと良いですね」

「……月? 普通は太陽とかじゃないのか?」

 青髪の少女の言葉は、ゆっくりと温もりを取り戻していく。

「夜闇で光る月にしか、照らせないものがあると思いませんか?」

「……そうかも……な」

 顔を少しばかり赤くしていた吸血鬼。

 青髪の少女と話していると落ち着くことを、彼は知っている。

 我儘で、冷たくて。

 それでいて甘えたがりの美しい少女。

 赤月時雨は碧井涼氷とキスをした――


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