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氷中花  作者: 綴奏
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帰らぬ少女 其ノ九

 誰も口を開かないため、彼女は不思議そうに彼らの顔を見回す。すると、意外な人物がその緊張を破った。いや、むしろさらに緊張が走ったと言った方がいいかもしれない。

「あの大柄な男なら、君を助けようとして」

「――っあのな三日月! お前を助けようとして……一緒に戦ってくれたんだよ。おっさんは少し怪我をしちまったけど、無事だ……」

 咄嗟についた嘘。嘘は嘘に変わりない。けれど、誰も彼を責めようとはしなかった。そして、その罪悪感を抉るような、純粋な声で三日月は言った。

「本当は良い人」

 これが殺されかけた少女の台詞とは到底思えない。三日月がそう言えるのは、単に心が広いからというわけではなさそうだ。むしろ明確な根拠があるような、そんな気持ちにさせる声色だった。

 赤月たちが眼にした、あの男の最後――

 それは勇敢でもあり、罪滅ぼしにも見えた。赤月時雨は眼を瞑り、心の中でそっと手を合わせる。あの男が身を呈して矢を防いでくれなかったら、誰かが命を落としていた。


『時雨君! 何故トドメを刺さなかった!』


 紫煙乱舞が吸血鬼に言ったあの言葉の意味は重い。さらにはイレギュラーとはいえ、赤月は彼女に人を殺させてしまったのだから。

「椿さ……ん!?」

 真剣な眼差しになっていた赤月であったが、涼氷に高速で梨を口に突っ込まれた。普段から赤月を弄くり回している彼女だからこそ成せる技だ。うろたえている吸血鬼の代わりに、青髪の少女が口を開く。

「糸車さん、あの長髪の男は何者ですか?」

 昨日はESPの事情聴取や手当などでバタバタしており、何も訊けなかった。赤月が言いたかったことはそれではないが、彼も疑問に思っていたことでもある。しかし、椿は大して問題視していなかったらしく雑に答えた。

「――名前は知らないが、鎖を扱う上級異能者だ。正常者を片付けた後、奴が突然現れてね。……駆けつけるのが遅れてしまったよ」

 椿が上級異能者と口にしたのであればそうなのだろう。中級異能者がレッドアイを服用していたとすれば、彼女に見抜けないはずがない。相手が上級異能者だったというのに、平然としている黒崎学園のファーストバレット。ESPが欲しがらないわけがない。

 どうも椿によれば、その人物は逃げたらしいが、ニュースによると犯人は全員掴まったとされている。つまり、そのあと追跡したESP隊員が活躍したのだろう。そして最後に、糸車椿は大事なことを告げた。

「言わせてもらうが、私がいなければ全滅していた可能性もあった上に、あの上級異能者が駅前から追跡してきた可能性もゼロではない」

 確かに、どちらの可能性も非常に高い。いずれにせよ、椿がいなければ全滅していただろう。涼氷と夜宵を連れていったのも、正しい判断だった。

「良いか、時雨君。君のミスと甘さが二人の命を危険に晒した」

 そして、あの鉄球の男が命を落とした。

「はい……すみま」

 ――梨。また涼氷が吸血鬼の口を塞いだ。

「私は言葉など求めてはいない。反省したいと思うなら、今後の行動で自分の心に刻むと良い。……それだけだ」

 碧井涼氷は相変わらず澄ました顔をしているが、彼女にはわかっていた。言葉ではなく、心に刻み込むことの意味。しかし、この言葉は違う。感謝の言葉は、口にすべきだ。

「椿さん、ありがとうございました。それから、涼氷」

「はい……何でしょう?」

 彼女は事件の説明を求める忍を押し返すのに忙しそうにしている。

「お前のおかげもあって、安心して戦えた。ありがとな」

「赤月くんは、私がいないとダメですからね」

 ――そうかも、しれない。赤月時雨は心の中でそう呟いた。

「碧井のくせになに生意気なこと……いたっ!」

「黙りなさい。マムシドリンクにしますよ」

「えっ!?」

 沖縄でハブ酒を目撃して震えていた蛇の少女が相手だ。それはもう、効果は抜群だった。そんな二人を見つめる赤月には、彼女たちの仲が良いのか悪いのかわからないでいのだろう。友達がいない自分には、それに対する答えなど見つかるわけがない。そう思っているのだから――


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