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氷中花  作者: 綴奏
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赤き返り血 其ノ三

 

 ◆


 ――笹原町の外れには、今も廃ビルや廃工場がいくつも残っている。比較的治安が良い時代になったとはいえ、未だにこうした場所を犯罪者が利用しているらしい。というのも、埃っぽくてカビ臭い廃ビルの一角に、三人組の男女の姿がこうしてあるのだから。

 顔全体を包帯で覆っている大男。ピンク色のロングヘアをした中学生くらいのハーフの少女。そして、セミロングの金髪を後ろだけ結んでいる二十代後半の外国人女性。黒スーツに身を包むその女性がこのグループの頭のようだ。

 彼女たちの脇には手を後ろで縛られた青髪少女の姿があった。恐怖に怯えるでもなく、不安の色を浮かべるでもなく、ただ床に座っている。

「……カール。穏便に仕事を済ませようという私の方針がある。いくら弱そうな相手でも、いきなり潰して良いものではない。わかるか?」

「だって、最近ダレも殺してなかったじゃん。ギルは殺したくならないの?」

 話し掛けられた包帯男は頷くだけで、代わりに少女が答えている。もしかしたら、包帯男の方は言葉を話せないのかもしれない。

「麻彩、高額報酬だからこの類の仕事を引き受けているだけで、いずれこんなことはしなくなる。頭の悪いお前たちが生きていくためにも、もっと真面目に私の話を聞け。いくら腕に自信があっても、相手の力を見誤ればあの世行きだ。……と言っても、今回は簡単なだけあって比較的安いが」

「はーい……。てゆうかカールだけずるい! 先に殺っちゃえばよかった」

 ギルと呼ばれるリーダーは鬱陶しそうに、手にしたハンドガンを弄り始めた。やはり、しっかりと武装しているらしい。

「お前たち、いい加減にしろ。特にカール・ガスト……やるなら手を抜くな」

 次の瞬間、リーダーはドアの隙間に向かって発砲した。つまりは侵入者が様子を窺っていた場所だ。それを合図にするように、包帯男と麻彩と呼ばれる少女が動き出す。

「嘘、生きてんの!? 殺していいよね!?」

「人質が怪我したら困る。あっちでやれ」

「りょーかい! 行くよ、カール!」

 信じられないが、信じたくはないが、包帯男は壁を突き破って赤月が侵入していた部屋に姿を現している。アクション映画等で観られるワンシーンではあるものの、実際にそれを眼の当たりにすると洒落にならない。

「おいおいおいおいっ! マジかよ!?」

 化け物が現れたというだけで絶望的にもかかわらず、包帯男の大きな背中を飛び越えた少女がダガ―ナイフを手に襲い掛かってきた。機敏な動きで後退した赤月が、肩の傷に触れて腕を振り切ると、血のように赤い、中指大の血牙が迸る。どうやら、あの銃弾は彼の左肩をかすめていたらしい。

 しかし、大男が投げた瓦礫が赤月の硬化した血液から少女を守っている。どうやら、ただ力があるだけではなさそうだ。浅い切り傷を負いながら少女のナイフを避ける赤月は、拾った瓦礫を投げ、部屋に二本しかない蝋燭の一つを消した。視界が悪くなり、がむしゃらになった少女のナイフはかすりもしない。

「こいつ、かなり目がいいよ!」

 少女が赤月に苦戦している理由はそれだけではない。いつの間にか、ダガ―ナイフと同じような大きさのナイフ、それも血のように真っ赤なそれを手にしていたのだ。

 ついに彼が少女のダガ―ナイフを弾き飛ばした瞬間、彼女に覆い被さるようにして包帯男が拳を振り下ろしてきた。なんとか横に避けたものの、やはり包帯男の動きが厄介といえる。 

「さっきのお返しだ!」

 赤月は包帯頭に恨みの込もったハイキックをお見舞いした。包帯男には見えていないかもしれないが、赤月の額には血がベッタリ付着している。青髪少女を見つけた時に、いきなり頭を地面に叩きつけられた時の傷だ。

「カール、そいつ捕まえてて! うちが刺しちゃうから!」

「とんでもねーこと言ってんじゃねえぞ、くそガキ! ……っ!?」

 赤月が驚くのも無理はない。包帯男は二度目の蹴りを入れられると同時に、彼の足を平然と掴んだのである。そして、呻き声を上げると彼を振り回して壁を壊し始めた。壁が比較的薄いとはいえ、致命傷を負っていてもおかしくはない。

「あーっ、カール! 投げちゃダメ!」

 ダガ―ナイフを再び手にした少女は、赤月が投げ飛ばされた所へ突進していく。追い詰めた鼠にトドメを刺すことに夢中な猫のように、彼女は無邪気にそこへ飛び込んだ。それとは対照的に、不気味なほど静かになった廃ビルと息を合せるように、砂埃がおさまっていく。

「――そいつをこっちに引き渡せ」

 驚いたことに、ピンク色の少女の首にはナイフが当てられていた。それに気づいた包帯男は雄叫びを上げたが、冷静かつ鋭い声が彼の動きを封じる。

「カール! じっとしていろ」

 包帯頭の大男は怒りに震えているものの、今度ばかりは大人しく命令を聞いているようだ。しかし、その一方で騒ぎ始める者もいた。

「どこ触ってんだよ! 変態変態変態!」

「うるせえ! 触ってる感覚もねえよ!」

「うっ……この短小男!」

 赤月時雨は心の中で少女を力いっぱい殴り飛ばした。

「麻彩! 状況を考えろ。……少年、君の名を教えてくれ。私はギルベルタ・フィンガ」

 人質に向けられている黒塗りの現代兵器から眼を離さず、彼は言った。

「お前らに教える名前なんか持ち合わせてねえよ」

 ギルベルタと名乗る金髪の女は、赤月の額、血のように赤いナイフへと視線を移していった。何かを探るように忙しなく動いていたその目は、最終的に彼の眼に辿り着く。すると、意外にも青髪少女に向けていた銃口を下ろした。

「この仕事は割に合わない。そもそも、この少女には仲間などいないはずだった。……撤退だ」

「こんなやつ殺せるって! やっちゃおうよ!」

 ナイフを首に当てられたまま足をバタつかせるものだから、赤月は彼女の首を傷付けないように必死だ。ギルベルタは目を細めてその様子を観察している。

「状況を考えろと言っただろ、今のお前は人質だ。――確かに、私たち三人でかかれば十分殺せそうな異能者に見える。ただ、危ない橋を渡らない私としては避けたい相手でもある」

 赤月はギルベルタを警戒したまま包帯男に視線を移した。包帯の下から聞こえるこもった息遣いが不気味で仕方がない。

「お前らはまだしも……この大男も正常者なのか?」

「正常者にも強い人間はいるし、異能者にも強くない人間はいる。君はどうなのかわからないが、関わりたくはない部類であることは確かだ」

 相手が自分の実力を過大評価していることに確信を持った赤月は強く出る。

「だったら、そいつを解放しろ」

 ギルベルタは人質を一瞥したが、それは赤月と同じような視線だった。つまり、人質であるにもかかわらず、何の不安もみせない彼女を解放するという表現は適切なのか、という疑問の視線。青髪の少女が精神に異常をきたしているようにも見えないのだ。

「了承した、私も貴重な仲間を失いたくはない。私と大男が出た後、その子を解放しろ。今の武装は私のハンドガンと彼女のダガ―ナイフだけ。ハンドガンは置いていくが、彼女のナイフは母親の形見だから持たせてやって欲しい。信用できなければ、私たちがここを出た後、落としてくれるだけでいい。もしくは数時間後、ここに取りに戻る。人質の手を縛っているロープは君の奇妙な刃物で簡単に切れる。――まだ何か質問はあるか?」

 青髪少女の次に冷静な金髪の外国人女性、ギルベルタ。並みの正常者ではない上に、異能者を恐れない彼女は謎に包まれていた。だからこそ、彼の口から出る言葉は決まっていたようなものだ。

「……お前らは一体何者なんだ?」

 すると、ギルベルタと名乗るリーダーは、煙草に火を点けながら答えた。

「便利屋――GMC」


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