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氷中花  作者: 綴奏
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帰らぬ少女 其ノ五

 

 ◆


『本日の異能者は二名、鉄球の異能者と和服少女の異能者です。参加者全員のIDとPW、掛金の入金を確認させて頂きました。それでは、お楽しみください』


 このアナウンスが流れる頃には、赤月たちは駅からそう遠くない建物の地下に潜り込んでいた。地下に到着したエレベーターが開くと同時に、見張り役の男二人を椿が一瞬で気絶させ、今は奥に進んでいるところだ。

 静かな通路を彼らが駆け抜ける音が響いていたため、後方から新たに四人の男が現れた。椿も赤月も、それに気がついているようだったが、彼らを無視し続けている。ただ、この二人の対応に危険を感じている少女がいることまではわからなかったらしい。

「赤月くん、後ろの四人は銃を持っています」

 赤月に手を引かれながら走る涼氷はそう言った。が、吸血鬼の眼を持ってしてもそれを確認することはできない。

「……持ってたら既に撃ってきてる。……今はあいつらの相手なんか……してられない」

「銃に慣れていない異能者はそうやって命を落としていきます。追跡役が異能者を相手にする場合、すぐに攻撃をせず武装していないと思わせるのが常套手段です」

 涼氷は正常者に狙われたこともあり、赤月たちよりも彼らに詳しい。彼女は後方を一度確認してその判断をしたに過ぎないが、実際に被害にあった者の警告には耳を貸すべきだろう。その冷静な判断には糸車椿も納得したように頷いていた。

 開けた場所に出た赤月たちの前には、恐ろしいゲームの会場に続くと思われる大きな扉が見えてきている。

「――時雨君、前方の入り口にいる二人も私がやる」

「じゃあ……俺は後ろを……」

「いや、入口を片づけてから後方も私がやる。君は大人数を仕留めるのに慣れていないだろう。このまま、碧井君を連れて突っ込め」

 やはり椿の発言からして、涼氷の能力に気づいていたようだ。秒単位で命が左右されかねない状況には時の異能者が必要になる。仮にその能力を発揮する必要がなくとも。発揮する余裕がなくとも。その存在がいるかいないかで精神的にも大きく左右されてしまう。また、椿の言う通り赤月は二人までしか相手にしたことはない上に、会場に入った瞬間に状況を確認するには彼の眼の方が都合が良い。どんな状況でも先を読み、それに適した作戦を立てる。きっと、糸車椿の中では無意識にその工程が行われているのだろう。

「了解。夜宵は涼氷から……離れるな」

「わかった!」

 椿と肩を並べて全力で走っている小さな吸血鬼は、後方にいる兄を振り向かずに答えた。その緊張気味な声は、自分が一番足手纏いだと理解しているという返事に聞こえる。いくら吸血鬼としての基本性質が弱いと言っても、時の異能者より身体は丈夫だ。

 しかし、彼女の声に現れている通り、冷静さはどこか欠けてしまっている。それを認めている本人だからこそ、どんな状況でも冷静でいられる涼氷の側にいろ、という兄の言葉の意味を汲み取ることができたはずだ。

 ついに前方の男たちが内ポケットに手を入れた時には、椿の拳が放たれていた。無駄のない動きで体勢を変え、赤月たちの方に戻ってくる。

「もう少し堪えるんだ」

 赤月にだけ聞こえる声量で、すれ違いざまに椿は言った。

 そう、彼の呼吸が異常に乱れていることに、走るのに必死な夜宵以外は気づいている。元々体調を崩していた赤月は喘息の発作を起こしていたのだ。

 体力に自信があるにしても、その状態の彼が苦しくないわけがない。しかし、こんなところで苦しんでいられるはずもなかった。今この瞬間も影野三日月は殺し合いを強いられているのだ。ついに涼氷の手を放した赤月は誰よりも先に会場に走り込み、薄暗いその空間に眼を走らせる。

 映画館の大きいシアターくらいある空間。

 スモークのかかったガラス張りの二階席。

 会場の隅に追いやられた少女と白い触手を伸ばす男性の死体。

 そして、巨大な鉄球に変化した拳を振り下ろす男の姿――


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