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氷中花  作者: 綴奏
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帰らぬ少女 其ノ三

 

 ◆


 あれから小一時間経過した今も、赤月はまだ路地裏をうろついていた。スマホのメールで夜宵たちとやり取りをしているが、やはり見つからないらしい。自分も夜宵も考え過ぎだったのかもしれない。そう思った吸血鬼の少年は次の角を曲がって何もなければ、合流しようと考えた。

 ――しかし、気づいた時には、赤月は既にその角を曲がり終えていた。自分の呼吸が異常に乱れているため、無我夢中で走ったのだと、彼には何となくわかっていたようだ。そして、肩を上下させる吸血鬼は自分の眼を疑うように大きく瞬きをする。

 ――そこには見覚えのある美しい少女の姿があったのだ。

「何で……こんなところに」

 彼女の左手からは微量ではあるが、血が滴っている。

「なに、この子が攫われそうになっていてな」

 こんな場所で、しかも怪我をしている少女が不気味なくらい落ち着いた声を響かせる。碧井涼氷に匹敵する程の落ち着きを持っている少女を、彼はひとりしか知らない。

『紫煙乱舞』の糸車椿だ。

 彼女の言葉を聞いた赤月は、一瞬、三日月のことかと思ったが、糸車椿の陰から顔を出しているのは、もっと小さな女の子だった。

「その腕、そいつにやられたんですか?」

 ここにはもう一人の人物がいる。椿の足元には腕に刺青の入った男が横たわっていた。その男の腕や首は白い糸で縛り上げられている。吸血鬼の眼でなければ見えないほどに細い糸。どうやら、その一本一本の強度はかなりのもののようだ。

「情けないことに、これは別の者にやられた。……もういない、心配するな」

「……そんなに強いイレギュラーが?」

 ――信じられなかった。ESPに入隊してすぐに、上の部隊入れるほどの実力を持つ糸車椿が怪我をしているのだ。けれど、意外にも彼女は苦笑しながら答えた。

「私はこういった狭い場所での戦闘が得意ではないのだ。これは君にしか言っていないことだがな」

 糸車椿の弱点。それをわざわざ語ってくるところからして、赤月時雨のことは信用してくれているらしい。あの時の戦いも、彼女と交わした約束も、無駄ではなかったようだ。

「……椿さんでも、そういうのあるんですね」

「私を何だと思っている。これでも一人の女だぞ?」

 ここで、余計なことを口にした愚か者がいた。

「化け物みたいな異能者に女もクソも……っ!?」

 これは自業自得としか言いようがなかった。冷たい目をした椿が腕を引いたことで、首が一気に締ったらしい。

「……誰が口を開くことを許可した?」

 紫色の髪を後ろで結ぶ、前髪ぱっつんの美少女。その強さと美貌の印象を柔らかくするために大きな役割を果たす揃えられた前髪。しかし、ひとたび彼女が青い目を光らせれば、それは何の意味もなさないことがわかった。『紫煙乱舞』の蜘蛛は生死に関わるレベルでサディスティックなのだ。当然、男の顔色は危険信号に達している。

「椿さん! 子供もいますから、その辺で……」

「君が言うのなら、仕方がないな」

 文字通り、自分で自分の首を絞めた男は息をするだけで精一杯な様子だった。その呼吸音に怯えた女の子は赤月の方に飛びついてくる。

「おや、その子は私が怖いのか?」

 糸車椿は助けた自分をそこまで怖がる少女の心情が理解できなかったらしく、本当に不思議そうな顔をしている。自分の力と危険性を正確に理解していない人間ほど怖いものはない。彼女が弱者の立場を理解できるようになるまでは、かなり時間を要するだろう。その一方で自分が弱者であるという劣等感を真正面から受け止めている吸血鬼は、少女に優しい笑顔をみせた。

「いい子だから、ここで少し待っててくれ。すぐ戻ってくるからさ」

 泣き虫だった頃の妹をあやすようにして吸血鬼は少女から離れた。本当はその震えが止まるまで抱き締めていてあげたい。だが、まだもう一人、安否を確認することのできない少女がいる。

 黒髪の少女を心の中に見た赤月時雨は前へと進んでいった。そこで這いつくばっている男の胸ポケットに気になるものがあったのだ。それは、真っ赤な紙に黒字で記された、とある招待状だった。

「何だよ……これ」

 気づけば、赤月の手は震えていた。恐怖よりも、怒りの感情が込み上げている。そんな彼を不思議そうに見つめる椿は問う。

「何が書いてある?」

 自分の眼を疑いながらも赤月は声に出して読み上げたが、それは椿に否定してもらうことを期待するかのようだった。

「異能者を殺し合わせ、倍率に応じた額を手に入れる……ゲーム」


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