帰らぬ少女 其ノ一
「赤月! みーたんが倒れたの!」
とある金曜の夜。忍から一本の電話が入り、赤月は彼女のバイト先へと向かった。どうやら黒髪の少女は体調を崩しているのに無理をしたらしい。そのまま赤月に背負われて、彼の家で看病を受けることとなる。
――影野三日月。
平日は毎日二十一時まで働いているという彼女に、アルバイトの日数を減らせないか尋ねたが、家庭の事情で首を横に振っている。彼女の話によると、中学三年の夏まで両親と京都で暮らしていたという。夏までというのは、その夏の終わりに両親を交通事故で亡くしているからだ。
その後、埼玉の親戚に引き取られるが、彼らは異能者に強い偏見を持つ人たちで、高校入学を機に厄介払いのように笹原町に三日月は追いやられた。さらには、家賃と生活費は基本的に彼女持ちなのだそうだ。
そのため、三日月はボロアパートに住み、週五回のアルバイトを強いられている。忍も似たような事情があるらしく、アルバイトをしながら一人暮らしをしているのだという。「忍さん、みーちゃんのシフトはどうなるんですか?」
「来週一杯は休みにしてもらったよ。みーたんは四月から休まずに頑張ってるから、店長もゆっくり休んで欲しいって」
いつも通り明るさを忘れない忍ではあったが、人員不足になった週末はキツかったらしく、彼女の顔には疲れの色が浮かんでいた。そんな忍に緑茶を渡した夜宵は三日月を見つめる。
「みーちゃん、しばらくうちに泊まっていきな? いいわよね、お兄ちゃん」
「そうだな、お前の料理食べた方が元気になるだろうし」
しかし、三日月は首を縦に振らず俯いてしまった。宿していた魂が抜けてしまった人形のように、悲しみと寂しさに染まっている。
「なあ、三日月。俺たちは家族みたいなもんだろ? お前が辛い時はいつでも頼っていいんだぜ」
頭を撫でてやりながら言うと、彼女はゆっくりと顔を上げた。相変わらずの無表情だが、彼女なりに何かを伝えようとしているのかもしれない。三日月は赤月兄妹、忍と目を合せ、それぞれに感謝を示すように抱きついてくる。その姿はまるで彼らに甘えている子供ようだった。こうやって人の心を動かす優しさや雰囲気を持つ兄を、夜宵は少なからず尊敬していることだろう。ただ、彼女は気づいているはずだ。兄の時雨は優しい言葉をかけながらも決して「友達」という言の葉を口にしないことを。