夏夜の恋心 其ノ四
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残すところあと一泊となった黒崎学園の生徒は、船の上から離島へ別れを告げた。どうやら忍が通う学校とは帰りの船の時間は違うようだ。本島で夕食を済ませホテルに到着すると、疲れ果てている生徒たちは自分たちの部屋へ真っ直ぐ向かった。クラスで決めた部屋割りによると、赤月の部屋は他に二人の生徒が一緒だ。しかし、彼の予想通り、望み通り、名目上の部屋割りとなっている。
中学の修学旅行では、部屋まで教師が見回りにくるためそうもいかなかったが、高校生にもなればそこまではしない。それ故に、この修学旅行は赤月にとってなかなか快適なものとなっていた。
疲れてもいなかった赤月は寝つけず、今はホテル内を散策している。就寝時刻を過ぎているにもかかわらず、だ。当てもなく上の方の階をうろついていると、背中にとても大きくて柔らかいものが押し付けられる。
「しーくーん、離島で全然会いにきてくれないから寂しかったなー」
その声を聞いて鼻水を噴き出した赤月は、ものすごい剣幕でそれを振りきった。どうも、この姉妹が近くにいると鼻水時雨が降臨するらしい。
「ふざけんなバカ女!」
赤月に抱きついたのは二年E組の担任をしている避雷針ユリアだ。妹の美咲とは正反対の性格で、こうして羽目を外してしまうことが多々ある。美咲の姉とあって、美人なのは言うまでもなく、茶髪にボブヘアーの彼女は大人の女性の色気を合せ持っている。性格も良いことから生徒から人気なのはもちろんのこと、裏では教師陣からもその容姿の良さが噂になっているのだ。
「えー、冷たい。せっかくの可愛い私服着て来たのに……」
「そのエロ過ぎる格好は、どう考えても教師がすべきものじゃないだろ。越えられない壁を女子高生にみせつけて夢を壊す気か」
言葉とは裏腹に釘づけになっている赤月に、彼女は追い討ちを掛ける。
「しーくん、お部屋来てくれたら、一生に一度の思い出あげるよん?」
「巡回してんだったら生徒を部屋に戻すのが仕事だろ。しかも、酒臭いし、学年主任に見つかったらどうすんだよ」
赤月が都合の悪いことを口にするとわかったのか、ユリアは耳を塞ぎながら「わーわー」言い始めた。これではどちらが大人かわかったものじゃない。
「ねー、最近さ―、やたらと可愛い子と一緒にいるよねー。私はもう友達に降格なの?」
本当に面倒臭そうな表情になった吸血鬼は冷たく言い放つ。
「元々友達って括りじゃねえだろ。それに、俺には友達なんていない」
「年がちょっと離れてるからって友達じゃないなんて、冷たーい。まずはお友達から始めようね、しーくん」
わざとらしく名前呼び吸血鬼をからかうユリア。しかし、これはどう見ても一生徒を誘惑する淫乱女教師にしか見えなかった。ぶつぶつ文句を言いながらも柔らかな渓谷を見つめていた赤月は、とあることを思い出す。
『ちょっと、止めなさいよ! アンタたちがやらせてるんでしょ!?』
「そういや模擬戦の時はESPに掛け合ってくれてありがとな。美咲さんの方も大変だったってのに」
そう、あの時、副大佐に止めに入るよう必死に声を上げていたのは、ユリアだったのだ。
「さっすが、しーくん。私の声もちゃんと聞いててくれたんだ? でも、ごめんね。あの後すぐに美咲の方に向かわなきゃならなくて……」
いつもの彼女らしくない伏し目がちな苦笑いをみせると、赤月は笑顔で答えた。
「俺が頑丈なの知ってるだろ、あの程度どうってことはねーよ。それに迷わず妹を助けにいったお前の姿はかっこよかったぜ」
途端にユリアは太陽のように眩しい笑顔に変わり、胸に手を当てて惚れ惚れと言った。
「やっぱり、私のダーリンはしーくん以外あり得ない。――結婚して!」
大口を叩いておきながら散々蹴り飛ばされる一方だった赤月は恥ずかしくなり、思わず雑な対応をしている。
「くだらねえこと言ってないで仕事戻れよ」
「恥ずかしがっちゃってー、かわいいんだから。はーい、仕事に戻りまーす」
紅潮した顔で満面の笑みをみせたユリアは敬礼のポーズを取っている。呆れてものも言えなくなった赤月は再び背を向けて歩き出した。
「深夜徘徊中の生徒を発見。私の部屋に連行します」
「なっ!」
耳元で避雷針ユリアの声が聞こえた直後、赤月はスタンガンを食らったかのように意識を奪われてしまう。