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氷中花  作者: 綴奏
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赤き返り血 其ノ二

 

 ◆


「……ちゃん、お兄ちゃん」

 妹の声が聞こえてきた赤月は、わけもわからず瞼をゆっくり持ち上げていく。

 すると、そこには妹ではなく、無表情の黒髪少女の姿があった。作り物に近い雰囲気と肩より少し上で揃えられた黒髪。まるで、生きたこけしを見ているようだ。それだけで不気味にもかかわらず、仕舞には眼が合うと抱きついてくる。

「うわうわうわっ……取り憑かれるっ!」

「なに寝ぼけてんのよ、邪魔だから早く起きて。ほら、みーちゃん、離れないとお持ち帰りされるわよ」

 頬を叩かれ横を見ると、血のような赤髪ツインテールの妹の姿があった。

 ――赤月夜宵。一見落ち着いたその名前とは対照的に、彼女の鋭い目付きと真っ赤な髪は攻撃的に見える。口調も少しばかり刺々しいのがたまに傷だ。

「おい、兄が霊界にお持ち帰りされるとこだった……いでででっ! 抓るな!」

「馬鹿なこと言ってないで、早く立ちなさいよ」

 憑依から逃げるように起き上った赤月は、小柄な妹より少しだけ背の高い黒髪少女を見つめた。肌は白いのだが、あの青髪少女とは違って青白いという表現がしっくりくる。相変わらず無表情の彼女と目が合うと、どこかに引きこまれそうになったので即座に眼を逸らす。

「この子は私のクラスメイトで、三日月っていうのよ」

「お前、もう友達できたのか!?」

「お兄ちゃんの二十七センチ物差しで私を測らないで」

「俺の基準は折れちゃいねえよ!」

「自分で折ってるところもあるでしょ。……そうそう、明後日の日曜日、うちに泊まりに来るけどいいわよね?」

「え……」

 三日月という名のこけし幽霊を家に招く。これは正気の沙汰ではない。既に彼の妹は取り憑かれているらしい。

 言葉に詰まった瞬間、赤月は背後にいる三日月にブレザーの裾を掴まれるのを感じた。いや、それどころか、ブレザーの中を何かが這うように侵入してきている。大きくて薄っぺらい――何かが。

「わかったわかったわかった! お泊まり会バンザイ!」

 すると、背中に纏わりついていた何かが、ゆっくりと後退していく。どうやら、今の対処法は間違っていなかったらしい。

「何で騒いでんの?」

 冷や汗をかきながら身震いをする兄は妹に問う。

「な、なあ、夜宵。幽霊が人に取り憑くのって、どんな感じなんだ?」

「は? 知らないわよ。背中から入ってくるとは聞くけど」

 赤月時雨の顔色はおにぎりに首を絞められた時よりも酷くなっている。

「…………終わった」

 ――日曜日、赤月家に幽霊がやってくる。

「そういえば、どうしてここで寝てたの?」

「気絶してたんだよ! てゆうか最初に訊けっ!」

「お兄ちゃんが寝惚けてたからでしょ。でも気絶って……何かあったの?」

 散々兄を罵っていた妹ではあったが、本当のところは心配していたのだろう。強気だった視線が不安そうに曇り始めていく。

「まあ、色々あったんだよ。あー、俺ちょっと用事できたから今日は先に飯食ってろ」

 どストライクだった転校生に抱きついて反撃にあった――なんてことは言えるはずがない。

「ふーん……もしかして友達できたの? さっき、青髪の綺麗な人がお兄ちゃんの頭を蹴って走り去って行ったけど、知り合いなんでしょ? 雑だけど起こそうとしてくれたみたいだし?」

 心配してあげたにもかかわらず、粗雑な対応を取った罰だろう。気の利く妹は兄の一寸ほどのプライドを守るために、敢えて言わないでおいた衝撃的事実を暴露した。

「あの女……いや、文句言える立場でもないか」

「ちょっと、またトラブル? 妹の学校生活まで無茶苦茶にしないでよね。今日だって、一年生の女子を追い掛け回した二年生がいたって聞いて、ヒヤヒヤしてたんだから」

「誰だその変質者は。許せねえな」

 そんな赤月の嘘を見抜こうとするかのように、三日月が真正面から見つめてくる。よく見ると、漆黒の瞳が大き過ぎて本当に怖い。

「じゃ、じゃあ、俺はもう行くから」

 こけしの幽霊は自分から逃れようとする少年を目で追っている。そして、ついにその小さな口を開いた。

「……しぐれ」

「しゃべった!?」

「当たり前でしょ。妹の友達に失礼なこと言わないで」

 無礼者の兄は妹の脛蹴りを食らって飛び跳ねている。

「……一言も話さなかった子が、いきなり自分の名前呼んだら驚くだろ」

「あれ、そういえば、みーちゃんに教えてたっけ? お兄ちゃんの名前」

 首を横に振った三日月は赤月に向かって手招きをしている。そう、まるであの世に導こうとするかのように。

「お前の友達、色々とヤバ過ぎるだろ」

 彼の妹は三日月の手招きに驚く様子をみせない。

「まあ、お兄ちゃんの名前なら知ってる可能性はあるしね、悪い意味で」

「そっちより、手招きの方を説明しろっ……!?」

 妹の方を向きながら不気味な幽霊を指差した途端、彼の指はこけしに掴まれた。

「あれはみーちゃんにとっては、バイバイって意味よ」

「バイバイって……解釈の仕方によっては危険過ぎるだろ……」

 そんなこんなで三日月の手招きから逃げるようにその場を離れた赤月は、誤解を解くために青髪の少女を探して走り出した。転校してきたばかりの美少女を襲ったなどと噂が流れた暁には、屋上にすら居られなくなるかもしれないのだ。

 彼の焦りとは裏腹に、意外にも青髪の少女を見つけるのは簡単だった。大きな川を跨ぐ橋の上。そこに辿り着いた赤月は、彼女の気配を橋の下に感じ取ると数メートルの高さも気にせずに飛び降りている。このくらいの高さであれば、赤月には何の問題でもない。


 予想通り、そこには青髪の少女がいた。

 しかし、それと同時に、彼の記憶もここで途切れてしまっている。彼が覚えていることといえば――青髪の少女が誰かと一緒にいたことと、額に強い衝撃を受けたことだけだった。


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