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氷中花  作者: 綴奏
19/165

夏夜の恋心 其ノ三

 

 ◆


 農道を歩く麦わら帽子を被った少女の足取りは重い。

 よく見ると、その手には壊れたサンダルがぶら下がっており、彼女の足には血が滲んでいた。周りには街灯が全くなく、ここまで暗くなってしまっては、ライト無しでは歩けないだろう。

 ついにしゃがみ込んでしまった少女のその背中は、本当に物寂しかった。けれど、そんな彼女の心を察知したかのように、麦わら帽子越しに頭を撫でる者が現れる。彼女に近づいて来る光など、ひとつもなかったにもかかわらず――

「……い」

「え? なんだ?」

 吸血鬼にも聞こえないほど小さく、涼氷は呟いた。そして、恨めしそうな目で振り返った迷子のお姫様は、いきなりとんでもないことを言ってみせる。

「遅いと言っているのです」

「なっ! お前が勝手にうろついて迷子になったんだろーが!」

 黙り込む涼氷は怒っているというよりも、かなり拗ねているように見える。 しかし、赤月が背を向けてしまうと、彼女は寂しそうな目をした。

「ほらよ」

「……?」

 赤月が背を向けたまましゃがんでいる意味がわからなかったらしい。

「おぶってくから乗れよ。足、痛かったろ」

 涼氷は躊躇ったものの、赤月の首に腕を回し、彼の背中にその身体を預けた。

「お前……いい匂いするな」

「そんなこと言って許しを請うても無駄ですよ」

 そう言いながらも、涼氷は赤月の顔に頬を擦りつけている。

「マーキングすんな」


 ――涼氷を背負いながら暗くなる道を吸血鬼は歩き続ける。彼女を見つける数十分前、赤月は自転車に乗ることも忘れ走り出していた。浜辺に涼氷が戻ってくる気配がなかったため、彼は一度、宿へと自転車を走らせている。しかし、宿に戻っても彼女の姿はなかったのだ。

 迷子のお姫様を背負って歩き出してからというもの、二人の間に会話はほぼ無かったが、しばらくすると、赤月の背中からは鼻歌が聞こえるようになっていた。すると、ずっと黙っていた彼が後ろを振り向くことなく口を開く。

「なあ涼氷、何でいなくなったんだ?」

「赤月くんのせいですよ」

「何でだよ!?」

 断固抗議するように涼氷を背負い直したものだから、彼女は驚いたように目を閉じた。その様子は、まるで怒られて怯える子供そのものだ。

「……しばらくしたら戻るつもりでした。けれど、気づいた時にはどこも同じ道だったんです」

「確かにわかりづらいよな、街灯もないし、急に日は落ちるし。……この暗さじゃ、お前の目には無理だ」

 赤月が顔を上げて夜空を仰ぐと、沖縄の夜風が彼の髪を小刻みに揺らした。

「涼氷。少しだけ降りてみろ」

「嫌です」

 涼氷はそう言って、赤月の首にしっかりとしがみついた。足の怪我が痛いのもあるのだろうが、どこか甘えているようにも見える。彼は駄々をこねるお姫様を無理矢理降ろし、夜空を指差す。

 そこには首都圏では決して見ることのできない、無数の輝く星々が誇らしげに姿をみせていた。初めて見る光景に言葉を失っていた涼氷は、そっと赤月の手を握る。

 ――そんな二人を、離島の風が優しく包み込んだ。


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