夏夜の恋心 其ノ一
二年生に進級して以来、赤月時雨には友人のような知り合いがいる。
気分屋の青髪お嬢様である、碧井涼氷。
妹のクラスメイトで無口なこけし、影野三日月。
真面目で強くて美しい、茶髪ロングの避雷針美咲。
ひとつ結びのぱっつん紫、最強少女の糸車椿。
――それと、金髪ハーフアップの八重歯少女、上羽巳忍。
彼女はあの事件以来、赤月に対する従業員の態度が許せず、アルバイト先を変えている。今はファミレスで働いており、偶然にも三日月のアルバイト先でもあった。そのため、三日月との繋がりで関わる機会は何かと多い。
そして今日もまた、意外な場所で二人は出会っている。
「赤月……赤月だよね?」
「忍!? お前んとこの学校だったのか!」
嬉しそうに駆け寄ってきた忍は、しげしげと赤月を眺める。
「似合ってるけどさ、やっぱり青系の服ばっか着てるんだね。赤月なのに」
「名前は関係ないだろ。そういうお前は何で長袖なんだよ」
「えっと……日焼け対策」
いくら日差しが強いといっても、ほとんどの生徒は海に出る時以外、長袖を羽織ることはない。日に焼けたくないとか、冷房がキツいとか、そういった理由もあるかもしれないが、忍の場合は少し事情が違う。彼女は出会った頃からずっと長袖であり、蒸し暑く、日差しの弱い日だって例外なく長袖姿だ。まあ、彼女が日焼け対策と言うのだから、そういうことにしておいた方が無難だろう。
「そんなこといいからさ、せっかくだし甲板に行かない?」
少し困った顔になった赤月はビニール袋に入ったスポーツドリンクと水をみせた。カサカサと鳴る袋も遠慮がちに音を立てている。
「なら、少し待っててくれないか? 涼氷のやつが暑さにやられちまってさ」
「……いいもん、アタシ一人で行くから!」
突然不機嫌になった忍は甲板へと走り去っていく。そこに残された赤月は溜め息をつくと、急ぎ足で涼氷の元へと向かう。
「あいつ、なんで怒ってんだ……」
――赤月の通う私立黒崎高等学園は修学旅行の二日目を迎えており、沖縄本島から船で離島へと向かっていた。忍の学校とほぼ同じスケジュールらしく、船内で彼女と偶然出会ったというわけだ。
私立高校の修学旅行といえば、最近では海外に行くパターンが多いように思われるが、それは正常者を中心とした高校に限られる。学生とはいえ、異能者が集団となって自国に訪れることをどの国も嫌うからだ。わざわざ楽しい修学旅行で危険視されてしまう場所に向かうのも馬鹿げている。
そんな事情があって、赤月たちは沖縄に来ているわけだが、彼らにとっては場所よりもイベントそのものが重要なのであり、さほど気にしている生徒もいない。今だって生徒たちははしゃぎながら、青春を謳歌している。
とある離島に船が着き、クラス毎に分けられた民宿に到着すると、生徒たちはすぐに海へと自転車を走らせた。そう、彼らにとっては二日目からが、本格的な修学旅行の始まりなのだ。
――カーテンを揺らす気持ちの良い風が青色の髪を優しく撫でると、美少女が目を覚ます。そんな彼女の部屋には漫画を読みながら窓辺に腰掛けている者がいた。黒髪の青い服を着た吸血鬼を見ると、涼氷は目を丸くする。
「え……何をしているのですか?」
「ああ、これか? 民宿の人が貸してくれたんだよ」
積み重ねられた漫画の山からして、既に何冊も読み終えているようだ。いつも堂々としている涼氷ではあったが、青い髪をもじもじと弄り始めた。
「ずっと……ここに? 今日は熱帯魚釣るって、はしゃいでいませんでしたか」
「一人でやっても楽しくないだろ。お前も沖縄に来てまで一人はさすがに寂しいだろうしな」
涼氷は答える代わりにタオルケットを鼻まで引っ張り上げ顔を隠した。赤月は手にしていた漫画を閉じると、山の天辺に重ねる。
「さてと……、そろそろみんな帰ってくるだろうから俺は戻るな。女子の部屋にいるのを見つかって変態扱いされたら、今度こそ終わりだ」
立ち上がって振り返る赤月の髪を沖縄の風が優しく撫でていく。揺れる白いカーテンの中に彼が吸い込まれていく光景は、吸血鬼という存在の美しさと儚さを絵にしたかのようだった。
「夕食はできるだけ食えよ? 明日、元気になったらチャリでいいところに連れていってやるからさ」