時の共犯者 其ノ五(最終話)
時の異能者が時を奪われたかのように、病室を出て行こうとドアに掛けていた手を止めた。振り返らずとも、いきなり三階の窓がガラリと開けられたことで、その言葉が嘘ではないことがわかるだろう。
「時の異能者」
信じられないことに、あの血塗りの修羅が碧井涼氷に話し掛けた。しかし、彼女が振り向こうとするはずがない。
「深夜零時、狭間山の東側麓で山火事が起こる。そこへ男物の服を持って行け。水もだ」
何も答えようとしない時の異能者の代わりに、ニコルは言った。
「月夜、ありがとう。燕のことはワタシに任せて良いよ。それと、例の彼女と共に行くなら、服を新調して髪を染めることだ。指名手配犯の身としては、目立つよそれ」
窓の桟に再び足を掛けると、血塗りの修羅は吐き捨てるように言った。
「余計なお世話だ」
すると、病室には燃えるような熱風が吹き渡った。思わず振り返った碧井涼氷の目に映っているもの。それは、炎の翼を背から生やした血塗りの修羅の姿であった。
「時の異能者。俺は――この世界を望む」
それだけ言い残すと、病室に熱風を吹かせた吸血鬼は窓から飛び降り燃え盛る炎の翼を羽ばたかせてあっという間に遠くへ行ってしまった。それを横目で見ていた碧井涼氷は、いま起きた現象を理解できない様子だ。それを悟ったのか、ニコルは言った。
「あれは不死鳥の異能。彼は恋人の死体から血液を取り込んだ直後に、黒吸血鬼君に血液を大量に流し込まれている。それが何を意味するかわかるかな?」
碧井涼氷は赤月のことを懐かしむように囁く。
「異能の……保存」
それを聞いたニコルはにっこりとほほ笑む。
「さてさて、そうするとだ。既に不死鳥の血液を取り込んでいた彼に敗れた赤時雨は、一体何をされて瀕死に追い込まれたか、憶えているかな」
碧井涼氷は思い出したはずだ。誰よりも愛していた吸血鬼が絶命する時、炎が上るようにして消えていったことを。
「赤月くんが……生きている?」
やつれた顔に優しい表情を浮かべたニコル・クリスタラは、こう言った。
「今夜、迎えに行ってあげなさい。――誰よりも君を愛した吸血鬼を、ね」
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