レッドアイ 其ノ六
「変な吸血鬼ですね」
あまりにも失礼なことを笑顔で口にされた吸血鬼は、再び緑茶を噴き出した。碧井涼氷は楽しくなってきたのか、身を乗り出して赤月に問う。
「赤月くんはあんなに血液を使い続けて大丈夫なのですか? 模擬戦の時はフラつく様子もなかったですし」
面倒になって席を立とうとした吸血鬼は再び彼女の能力に引き止められた。逃げようと思えば逃げることはできただろう。恐らく、これほどの能力を連続して使うことはできないはずだ。けれど、目をキラキラさせている涼氷を見た赤月は、仕方なしに付き合うことを選んだ。
「……俺は血を抜いても貧血の症状が出ない。そのせいで血を使い過ぎて死にかけたこともあったみたいだけどさ」
「諸刃の剣……ということですか。けれど、あの血の刀だけでも相当な量だと思うのですが」
「身体から引き出す際に、血液をかさ増しするのも能力のひとつだ。どっちにしろ、使い過ぎると死ぬ」
ここで赤月は手の甲を爪で軽く切ってみせた。切り口から血が滲み始めると手を浮かせて、甲をテーブルの方に向ける。
「これは吸血鬼全般の体質だ。部位にはよるが傷を作っても血液が流れにくい。俺の場合はそれが特に重要な体質ってわけだ……あとは」
赤月がふと顔を上げると、碧井涼氷は青い髪を揺らしながら首を振っている。そして、わざわざ説明のために自分を傷付けた吸血鬼の手を両手で包み込んだ。
「赤月くんは初めて出会った時、私のためにたくさん傷付きました。だからもう、無理に身体を虐めないでください」
白い手に包まれた自分の手を見つめる吸血鬼に、涼氷は語り続ける。
「誰かを傷付けることも、誰かが傷付くのも嫌いで仕方がない。それでも、自分を傷付けることには何の抵抗もない。――違いますか?」
急に優しく、そして儚げな雰囲気になった碧井涼氷。
吸血鬼は不思議そうに彼女の目を見つめた。
「まあ……自分を傷付けるのは慣れてるかもな。こういう体質だし」
手の甲に刻まれた赤い切り傷を、彼女はそっと撫でる。
「慣れている、とは私は思いません。むしろ、そうしなければならない、そうすることでしか生きられない――そんな吸血鬼に見えます」
先程とは打って変わって、涼氷の言いたいことが赤月にはわからなくなっていた。そんなどうしようもない吸血鬼に見えると言われても、返す言葉も見つからない。
「きっとあなたは、その眼で地獄を見てきたのでしょうね――」
頬を優しく撫でられた吸血鬼は、自分が赤い涙を浮かべていることにも気づいてはいなかった。