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氷中花  作者: 綴奏
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受胎の聖告 其ノ九

 しかし、今はもう、二人の視線は別のものに注がれ動くことはなかった。強い耳鳴りが頭の中に響いたと思えば、赤月時雨は身体を動かすことができないでいたのだ。二人を襲おうとしていた黒布の男すらも動く気配が無い。

 恐らくそれは、黒布の男の背後に現れた何かの仕業だろう。景色を捻じ曲げ空間から這い出すように現れたのは、赤月にも見覚えのある黒い化け物だった。いや、頭が見えたが故にそう思ったに過ぎない。頭に続いて長い腕を駆使して空間を引き裂くようにその姿を晒したのは、おおよそ三メートルはある人型の黒い化け物だったのである。赤月の知る黒い化物と共通しているのは、ぽっかりと空いた大きな口と、グロテスクな表皮だった。ただ、大きく違っている点がある。それは、舌の先に埋め込まれた人の顔が口の中から伸びてきては、赤月たちに忙しなく視線を走らせているのだ。

 耳鳴りが止んだことで動きを取り戻した吸血鬼は、何かを確認するように先程まで対峙していた男を一瞥する。そして、再び巨大な化け物へと視線を戻す。

 ――やはり、ここには同じ顔を持つ者が二人いる。

「何故、ここに……」

 涼氷の声に赤月が振り返ると、碧井涼氷が、あの青髪の少女が。怯えるように、少しでも距離を保とうとするように、腕を上げ顔を隠すように怯え始めた。それを聞いた黒布は囁くように問い掛ける。

「……時の異能者。貴様はあれを知っているのか。あれを見た記憶があるというのか」

 それに答えたのは、吸血鬼にしがみつく少女ではなかった。直立している姿だけで不安感を与える化け物が、まるで機械音のような雄叫びを上げている。すると黒布の男は、その声から逃げるように、現実から目を逸らすように、それでいて冷静に言葉を紡ぎ始めた。

「時戻しに成功したのであれば、私が同時間に存在しているはずがない。……計画は失敗したのか。いや、それはあり得ない。――――まさか」

 また、眼の前で人が死んでいく。姿形が違えども、同じ顔を持った何かが、自分と同じ顔をした男を、気味の悪いほど真っ白な触手で貫いたのである。その男の最期は、時の異能者を狙い続けた男の最期は、黒髪の吸血鬼に軽蔑の眼差しを向けて迎えた。

「お前は……時の異能者の血を……」

 血の海に顔を沈めた死体。その数メートル先にいる巨大な人型の化け物。それらを前にして、赤月時雨は息を整えるようにして碧井涼氷に確認した。

「あの日、お前を殺したのはあれなのか」

 思い出したくない記憶から目を逸らすように俯いた少女は言った。

「……はい」


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