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氷中花  作者: 綴奏
156/165

受胎の聖告 其ノ六

 

 ――焼けるような痛みが全身を駆け抜けた直後、赤月時雨はうつ伏せに横たわっていた。少なくとも倒れている、という認識まではできた。つまるところ、薄っすらと開いている視界から、地面が微かに見えているという情報だけ得ることができたに過ぎない。起き上がろうにも、瞼をこじ開けようとしても言う事を聞かない身体。まるで夢の中にいるような感覚に襲われた彼の耳には、悍ましい会話が聞こえてくることとなる。

「あの女が受胎告知実験の成果をもたらしただけでなく、血塗りの修羅から血液まで採取させてくれるとは。これがあれば、より効力の高いレッドアイの開発でESPの注意を逸らすことだけでなく、目障りな吸血鬼殺しも容易くできるだろう」

 冷酷な声色で話す男は、確かにレッドアイと口にした。おまけにそれの開発などと言ったため、赤月時雨は怒りの唸り声を上げた。しかし、それも頭の中で響くだけで、誰にも聞こえていないのがわかる。

「あの女は時の異能者と同じ原石だと言っていたね。それを偽神化できたなら、今すぐにでも彼女を攫った方が良いのでは? 大佐は僕が殺し、黒錠も結果的に君が殺した。副大佐は逃したとはいえ片脚を失っている。これほどの機会はないはずだろう」

 冷酷な男と相反する紳士的な柔らかい話し方をする男は、信じられない事ばかり口にしていた。公にされていない大佐の死は確定し、さらにはこの男がトドメを刺しているということ。さらには大佐と同等に扱われた黒錠とは何者なのか。そして、副大佐が片脚を失ったという発言。様々な疑問が湧くなか、夢の中にもかかわらず心臓が握り締められるように苦しくなっている。時の異能者という言葉を、この男たちが口にしたことに恐怖を覚えたのだ。

「大きな力を持ちながら本人が無意識に、もしくは故意にその能力を封印している異能者であれば寄生はまだしやすい。だが、時の異能者は両親が賢いだけあって彼らから外部的矯正を掛けられてきた事実がある。本能でも故意でもないのであれば、強い負の感情で心を蝕んでいくしかない。寄生というものは、そう簡単にできるものではないのだ」

「要するに、今はその時ではないと言いたいんだね。それならそれで僕は助かるよ。糸車椿と近い彼女を誘拐でもして、万が一に僕の能力を少しでも勘付かれると後で厄介なことになる。それに、あの糸車家の長女を殺したら糸車家が動き出し下手をすれば僕でも殺されてしまう。今は――まだその時じゃないんだ」

 この男たちは赤月の周りの人間を知っているだけでなく、一連の事件にも深く関係している。そして、時の異能者を狙っている。赤月は何としてでもその正体を明かそうと顔を上げようとするが、やはり動くことはできなかった。

「糸車家が束になればESP5でも手を焼く程と聞く。だが、その糸車椿でさえ圧倒した血塗りの修羅は本物の化け物だったわけだ。危うく時の異能者まで巻き込まれるかと思ったものの、意外にも赤時雨が役に立った。私の能力も奴の血がなければここまで応用の効くものにはならなかったからな」

「まさに血で塗り尽くす修羅、通り名そのものだったからね。あの頑丈な大佐から腕を切り落とすわ、身体中を手刀で貫くわでデタラメだったよ。正直、僕も歯が立たない。それと……僕はまだしばらく自由に動けないから、君は君で殺されないようにね」

「私の計画を頼りにしているにしては、余裕のある発言だ。……忘れるな、貴様の身体には私の寄生虫を潜ませている。あの黒錠でさえ内臓から食われれば死ぬのだ」

「わかっているよ。僕は君が時を戻してくれればそれが一番良いんだ。自力で黒施錠を探すのが難しいから、こうして協力している。邪魔をする理由もないだろう」

 ついに赤月の頂点に達した怒りに応えるように、微動だにしなかった身体が動き出す。それに気づいたのか、黒布と仮面はすぐさま後方に飛び退く。

 この瞬間、黒布に身を包んだ仮面の男と、時の異能者を狙う男の顔を確かに確認した。しかし、いずれの人物も吸血鬼の記憶にはない人物。必死に手掛かりを掴もうと睨み続ける一方で、ゆっくりと身体を起こした赤月は、自分が誰かの腕をずっと咥えていたことに気づいた。咥えていた腕を放すと、自身の脚に咬み付き血を吸い始める。その時に赤月時雨はハッキリと認識した。この身体から感じる怒りが、この心から感じる憎しみが、誰のものであるのかを。


 そして、強い憎しみを吐き出すように。

 吸血鬼は真っ赤な血の塊を自身の足元に吐き出した。

 それは、一瞬にして吸血鬼の視界を真っ赤な世界に染め上げる――


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