受胎の聖告 其ノ二
ハッとして顔を上げた吸血鬼の口からは、時の異能者の血液が止めどなく滴っていた。
あの赤月時雨が。
誰よりも優しくて強い心を持つ吸血鬼が。
彼が愛した少女から。
碧井涼氷の死体から。
その血を飲んでいたのである。
言葉を奪い、立っている気力までもを奪うには、その事実だけで十分過ぎた。力無く腰を抜かした避雷針美咲は、後退ることすらできずに茫然としている。妹の夜宵や家族同然のユリアでさえ言葉を失い、動くことができずにいた。自分を恐怖の対象として認識した彼女たちを眼にし、眼を赤く染めた少年は、口から血を流したまま悲しげな雄叫びを上げる。それを待っていたかのように、駆け付けたESPたちが彼女らの後方から吸血鬼に迫っていく。そう、少女の血液を摂取していた吸血鬼は、赤時雨として、討伐対象とみなされた瞬間だった。
大きな風穴を腹に開けた少女を抱え、吸血鬼は走り出す。水色の液体が槍のように彼の身体を貫き動きを奪い、黒い何かが通り過ぎるといとも簡単に片脚を奪っていく。赤時雨は歯を食い縛り傷口から大量の血を噴き出し、水色の槍を押し返すように脱出すると、残された脚で屋上から思い切り飛び降りた。
重傷を負った赤時雨。ESPのサードバレット、フォースバレットが逃すはずもなく、残りの脚を吹き飛ばされた。そんな彼を地上から伸びるようにして、トドメを刺そうとする水人間が見える。
冷たくなった少女を強く抱き締める腕だけが残された赤月時雨。
彼の眼からは、確かに赤い涙が溢れていた。