レッドアイ 其ノ五
「……何が訊きたいんだよ」
それからは子供のような質問の嵐だった。ニンニクは嫌いか、日差しは苦手か、十字架は怖いか……といった予想通りの質問ばかり。しかも答える暇もない。
「え……ニンニクは好きだけどいっぱい入れると匂いがキツい。日差しは眩しいからどちらかといえば苦手だが、焼け死ぬことはない」
段々不満そうな顔になってきた青髪少女を見て、吸血鬼は溜め息交じりに続ける。
「いいか、ホラー映画の吸血鬼は、その特性を大袈裟に描写したに過ぎないし、適当な性質まで混ぜてる。十字架を怖がるなんてのは布教目的の設定だってわかるだろ」
「では杭で心臓を貫かれても死なないのですか……」
「普通に死ぬわ! てゆうかそこで残念そうな顔すんなよ!」
すると、涼氷は長い青髪を耳にかけて白い首筋をみせた。
その表情は少しいたずらっぽく見える。
「では、血を吸うことで眷族を作るというのは本当?」
確かに碧井涼氷の綺麗な首筋を見つめる赤月は、そこに咬み付きたいと思っていた。しかし、それは吸血鬼の特性というよりも、彼自身の性癖に過ぎない。
「そんなことできるわけないだろ。それに俺は血なんか吸ったこともない」
――気まずい沈黙が流れた。曲がりなりにも吸血鬼であるはずの赤月時雨は吸血をしたことがない。というより、させてくれるような人間がいないのだ。
気まずい、と感じていたのはあくまで赤月の方であり、涼氷の方はそうではなさそうだった。ただ、ここまで驚いた様子の涼氷は見たことがない。
「血を……吸わないの?」
血を吸わない吸血鬼。
赤月の場合は血を吸えない吸血鬼に該当するが、彼女の中の吸血鬼のイメージがひっくり返るほどの事実なのだから、驚いても仕方がない。様々な異能者がいるわけで、他人の能力や特性について知ろうとする者は勉強熱心な人間か、実戦に身を置いている者くらいなのだ。
「吸血鬼は血を吸わなくても死にはしない。血を吸うのは能力を向上させる、もしくは能力を発揮させる時で十分なんだよ」
それを聞いた涼氷は彼と初めて出会った日のこと、糸車椿と対峙していた彼の姿を思い出したのだろう。不思議そうに赤月の眼を見つめ始めた。
「吸血さえすれば、あの血液操作を強化できるのですか?」
だとしたら、赤月時雨はかなり強力な異能者であると言える。速度や攻撃力が糸車椿に劣っていようとも、その防御力だけは明らかに勝っている。血液を取り込むことで更なる力を得たならば、攻守共にかなりのレベルに達するはずだ。
「いや、多分できない。吸血によって自身の能力を向上させる吸血鬼ならできるだろうけど、俺は違う。――俺は吸血によって他人の能力を借り受ける吸血鬼だからな」
「能力を……借りる?」
いつも澄ましている涼氷だが、この時ばかりは子供のような顔で聞き入っている。
「だから、お前の血を飲んだ時には、俺にも二秒ほど時を止めることが可能になる。ただ、異能者本人の劣化コピーに過ぎないらしいから、一秒かもしれないけどな」
忌み嫌われ友達が一人もいない吸血鬼。それはつまり、彼が他人の能力を使えないことと同義だ。無理矢理にでも吸血すればそれは可能であるにしても、彼はそんなことをする人間ではない。けれど、そこだけ聞くと自分の能力を把握するために一番簡単な方法を見落としているようにも思える。
「……妹さんに頼んでみたことはないのですか?」
ここだけ切り取ってみると、話し相手が赤月の場合、ただの変態吸血鬼に対する質問にしか聞こえない。しかし、彼がそれを試みなかったことには重大な意味があった。
「それは無理だ。吸血鬼の血は吸血鬼にとって猛毒らしいからな。そんなこと試そうと思ったこともねえよ。ついでに言っとくけど、同性の血液は吸血鬼のものでなくとも猛毒になる」
「そうなんですか……」
吸血鬼に関する世間一般の常識がひっくり返るだけではなく、赤月時雨という吸血鬼の衝撃的事実を知って、碧井涼氷はキョトンとしている。危険な状況下では冷静にもかかわらず、こういう時にだけ寝起きの子供のような様子をみせる青髪の少女。赤月時雨にとってはそっちの方が衝撃的だった。
――そして、可愛らしく瞬きをしていた涼氷は赤月に笑いかける。