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氷中花  作者: 綴奏
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呪われた血 其ノ四

 

 ◆


 目の周りが腫れ上がっている赤月たちがログハウスに戻ってくるころには、全員が好き勝手なところに腰を掛けて集合していた。二人の顔を見た忍は驚く素振りはみせたものの、空気を読んで余計なことを口にしていない。誰も言葉を発しようとしないものだから、またまた空気を読んだ忍が皆の背を押して温泉へと向かうこととなる。

 気分が晴れなくとも、少なくとも身体の疲れを癒すことのできる温泉。疲れ果てていた一行はそれを求めるように、それでいてバラバラのタイミングで脱衣所へと入っていった。まとまっているようでいて、その心は全員が違う方向を向いているのかもしれない。そんな風にさえ思える行動を、それぞれが取っている。

 そんななか、赤月時雨は思いのほか早く上がってきていた。神経痛に効くからもっと長く入っていたいと思ってはみたものの、のぼせやすい体質なのだから仕方がない。そんな彼は、自動販売機で買った牛乳を一気飲みしている。一息ついて辺りを見回しても当然誰もいないわけで、吸血鬼はスウェット姿のまま休憩所をうろつき始めた。

「随分と早く上がったのだね」

 その声に振り返ると、つやつやした肌に半渇きの髪をした糸車椿の姿があった。彼女の様子からして入浴後だが、そういう彼女も上がるにしては早い。温泉が苦手なのかと尋ねると、彼女は苦笑しながら言った。

「温泉は好きだよ。ただ、ずっと集団行動をしていると、一人になりたいが故にこうして周りの人間とズレた行動を取ってしまうのだ」

 その気持ちがよくわかる吸血鬼は、そっとその場から離れようとした。が、蜘蛛の異能者に引き留められた彼は少し待つように言われている。キョトンとして突っ立っていた赤月の元へ戻ってきた椿の手には、チョコミントのバーアイスが二つ握られていたい。

「少しだけ話さないか。この先に、丁度良さそうな長椅子がある」

「――そうですね」

 涼氷曰く、赤月が眼を覚ますまで椿はほぼ毎日病室に見舞いに来てくれていたらしい。ただ、この旅行の提案をしてくれたあの日以来、つまりは赤月の眼が覚めたことを確認してからは顔を出さなくなっていた。それ故に、こうして二人きりの時間はなかなか取れなかったため、確かに貴重な時間なのかもしれない。そう思いながら、アイスを食べ終わった吸血鬼はずっと疑問に思っていたことを口にした。

「椿さん、血塗りの修羅は……どこに行ったと思いますか」

「私も最期には気を失ってしまったから、それはわからない。ただ、あれだけの戦いをした後も、確かに奴は生きていた。世間では大佐も生きているということになっているみたいだがね」

 やはり、椿も今回の事件に関する報道に疑問を持っているらしい。碧井涼氷がわざわざ強調して発言した『血塗りの修羅は大佐が追い返した』ということに、世間ではなっている。

「時雨君は、大佐が殺されるところは目撃していなかったのか」

「はい。大佐の腕を持つ血塗りの修羅を見ただけです」

 しばらく考えるように溜め息をついた紫煙乱舞はこう言った。

「恐らく、君の推測通り大佐は殺されているだろう。いくら二人がかりとはいえ私と時雨君でやり合える相手ではない。あそこまで弱らせるには、あのレベルの異能者同士が本気で殺し合った場合にしか成し得ない」

 あの糸車椿が、自身の方が劣っているという発言をしている。謙虚さなどは全く感じられないことから、強者だからこそわかる、はっきりとした力の差なのだろう。

「それに、あのニコル・クリスタラまで殺されているのではないかと、私は思っている」

「……え」

 ESP5の第二位。あのニコル・クリスタラが殺された。確かに、大佐ほどの人間が敗れたのだから、単純にランクから考えると十分に考えられる。ただ、あの副大佐を間近で何度も見てきた吸血鬼からすれば、大佐の死よりも一層現実味を帯びてきて身震いした。強者特有の威圧を持ったあの人物を殺した吸血鬼に、どうして自分は立ち向かおうとしていたのか。赤の世界に飲まれてからは記憶がないにしても、こうして首が胴体から離れていないだけで一生分の運を使った気がしてならなかった。

「どうして、そう思うんですか」

 左手首を見つめならが、糸車椿は冷静に答えた。

「副大佐は蠍の異能者だ。蠍というだけあって、相手の能力を抑え込む毒を扱うことができる。そして、彼女に刺されると、こうして身体に青い痣が残るのだ」

 そっと、覗き込むように椿に身体を寄せると、確かに彼女の左手首には青い痣が小さく残っている。まるで、小さな刺青のようだった。

「中学生の頃から私は副大佐に目を付けられていた。そして、より強い相手との闘いを欲し始めていた私を抑えるために、彼女は私を襲撃して毒を注いだ。――あれは、影野君が攫われた時だった。路地裏で君に会う直前にあった出来事だよ」

 ――攫われた影野三日月を探して路地裏を歩いていた時。確かに、偶然遭遇した糸車椿の腕からは微量ではあったが、血が滴っていたことを赤月は思い出す。

「その毒のせいで、私は一刀流の能力も、蜘蛛の異能者としての本来の力も使えないでいた。だが、血塗りの修羅と戦った際は、その力を開放することができた。偶然だとは思うが、毒が弱まってきたせいで彼女の身になにかあったのでは……と、考えてしまうのだ」


『久方振りだな、この力が使えるのは』


「……そうだったんですか」

 血塗りの修羅が大佐と副大佐にも勝る力を持っていた。その事実だけでも驚くべきことであるが、あの黒崎学園のファーストバレットが本来の力を失っていたなどと、誰が知り得ただろうか。恐らくは、彼女の本気を見たことがあるのは、血塗りの修羅を除けばニコル・クリスタラくらいなものなのだろう。

「君は先ほど、血塗りの修羅はどこへ行ったと思うか――と訊いたな」

 赤月は自分がした最初の質問を忘れていたかのように不意を突かれた顔をしている。

「きっと、大切な何かを……守るべき何かを探しに行ったと、私は思う」

「――実は、俺もそう思うんです」

 人間を恐怖で動けなくする程の殺意を持つ史上最悪のイレギュラー。にもかかわらず、どこか悲しげな表情もみせる吸血鬼。彼がただ殺戮を楽しむだけのイレギュラーだとはとても思えなかったのである。あの夢で見た吸血鬼が本物であるのなら、きっと彼にも人間らしい心は残っているのだから。


 ◆


 温泉旅行から二カ月ほど経過した夜。かつて碧井涼氷が連れ込まれた廃ビルがある地域で、今宵は二人の異能者が廃工場に姿を現した。

「よく逃げ出さなかったね」

 和服姿の糸車椿は吸血鬼を真っ直ぐ見つめたまま、胸の蜘蛛型の光から日本刀を抜く。

「まだ完治していないし、やり合いたくないというのが本心です」

 溜め息交じりに、赤月時雨は蜘蛛の異能者に向かって真っ直ぐ足を進める。

「もう引き返せないよ、時雨君」

 返事の代わりに左手の甲を爪で切り裂き、吸血鬼は血刀を引き抜いた。


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