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氷中花  作者: 綴奏
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呪われた血 其ノ一

 

 音も無く病院内を進んで行く車椅子。車輪の影がはっきりと見て取れる程にゆっくりと、時の異能者は吸血鬼を中庭へと連れて行く。時が止まったような静けさ。弱々しく、それでいて深い溜め息をついた赤月時雨は、二度目の注射を終えたばかりだった。

「情けのない声を上げるんですね」

「神経の根っこに麻酔を刺す上に、薬まで流し込まれるんだぞ? ……左脚が破裂するかと思った」

「よく頑張りましたね」

 時の歯車を優しく進めるように、碧井涼氷は赤月時雨の頭を撫でてやる。学校では相変わらず素っ気ない彼女ではあったが、赤月の身体のことになると、こうして病院に来てくれるのだ。

「……お前は普段冷たいくせに、手だけはあったかいよなあ」

「え、やだ……気持ち悪い事を言わないでください」

 青髪の少女は自分の両肩を抱えて、大袈裟に身震いをしてみせる。

「お、おい! スロープで放すなって!」

 吸血鬼を乗せた車椅子は、カラカラとスロープを下っていく。何の意味も成さないにもかかわらず、車椅子の肘掛けを強く握り締めた赤月の顔は必至である。そんな彼を救ったのは時の異能者の能力ではなく、いつの間にか中庭に姿をみせた紫煙乱舞であった。

「目を覚ました君に会うのは久し振りだね」

「椿さん……」

 蜘蛛の異能者から車椅子のハンドルをすっと奪った涼氷は、少しだけ不機嫌そうにこう言った。

「あなたの意識が戻らない間、糸車さんは毎日病室に顔を出してくれていましたよ」

「……その首」

 さり気なく首元に手を当てて隠したつもりだったらしいが、吸血鬼の眼はそれを見逃さなかった。

「ああ、これか。君が駆け付けてくれる直前まで、血塗りの修羅に血を奪われていただけだ」

 暫くは残ってしまいそうな薄い痣が広がる椿の首元。長い紫色の髪でそれを隠すように、彼女は吸血鬼に背を向けた。あの戦場で、赤時雨と化した彼が無理矢理に血塗りの修羅を引き剥がしたが故に残った痣。状況を考慮すれば、それは特別間違った行動とは言えないだろう。ただ、事実をそのままに伝えてしまえば責任を感じてしまうであろうことを、蜘蛛の異能者は察していたに違いない。

「君が来てくれなければ、今ごろ私は干からびた死体になっていただろうな」

 彼女に対し、返してあげられる言葉が赤月には見つからなかった。ウルフ大佐と紫煙乱舞の手で瀕死に追い込まれた血塗りの修羅。そのなかで、史上最悪のイレギュラーが逃亡を選択するまで戦い抜いた自分に、その記憶はない。その時の自分がどうなっていて、何をしたかがわからないのだ。糸車椿を助けたというよりもむしろ、赤月時雨の中では、彼女すらも巻き込んで暴れてしまったのではないか――という恐怖が渦巻いていた。

 冷たい風が中庭に流れ込み、時の異能者の青髪を撫でていく。すると、その流れに心を攫われた少女は小さく呟いた。

「どこか、遠くへ行きたいですね」

 ハッとして空から視線を外した彼女は、自分のこと見つめる吸血鬼の視線に気づいたらしい。どうやら声に出すつもりではなかったようだ。

「それなら伊豆に別荘があるのだが、どうだろう? 神経痛に効く温泉もあると父上から聞いている」

「神経痛に……効く」

「まるでおじいちゃんですね」

 心ここにあらずの時の異能者と吸血鬼を一瞥すると、紫煙乱舞は腕を上げて伸びをし始める。そして、赤月を通り越して涼氷の前で立ち止まり言った。

「では時雨君のために皆も誘おうか。碧井君も来てくれるね?」

 当然のことながら、涼氷の瞳は拒絶の色を示した。

「せっかくですが私は……」

 その言葉を遮るように、糸車椿は碧井涼氷をそっと抱き締めた。信じられない光景を目の当たりにした吸血鬼は無表情のまま固まっている。とはいえ、抱き締められた本人が一番動揺していることだろう。あの碧井涼氷が、拒絶や冷静さを失くしたまま動けずにいるのだから。すると、椿は腕の中の涼氷に優しく言葉を掛けた。

「心配しなくて良い……私は君の味方だよ」


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