片道赤切符 其ノ五
微笑んだ避雷針美咲は、優しく応えた。
「ごめんなさい、起こしちゃったかしら。お姉ちゃんから話を聞いていたから顔を見ておきたくて」
「そっか……あ、明けましておめでとう」
確かにその通りなのだが、タイミングと状況を考慮していない彼の言葉に、美咲はくすりとする。年明け早々にあんな大事件に巻き込まれ、こうして意識を取り戻したのも最近であったため彼女と会うのは久し振りだった。とはいえ、強化合宿や避雷針家の一件などで何かと本音で話をすることができるようになった二人には、昔のようなぎこちなさなど嘘のようにさえ思えた。
だからこそ遠慮なく、美咲は溜め息交じりにこう口にしている。
「赤月君って、どうしてこういうことに巻き込まれるのかしら」
「なんか、昔からこうなんだよ」
つられるように溜め息をついた吸血鬼は言った。
「今は昔と違って友達もいるから、巻き込んじまうのがすごく怖いんだ」
今年になって強く心に引っ掛かっていたものが、初めて言葉として認識できた気がした赤月は、ハッとした。多分、あの時。碧井涼氷の行動は、今の彼の言葉そのものだったのかもしれない、と。
「だけれど、赤月君。私だってあなたを色んなことに巻き込んでしまったわ。その時は私も同じようなことを思った」
「あれは、巻き込まれたわけじゃない。俺が勝手に首を突っ込んだだけだ」
気まずそうに眼を逸らした吸血鬼。彼を元気づけるように、美咲は包帯だらけの彼の手を取った。
「そう考えるのは助けてくれた側のエゴじゃないかしら。助けられた側、巻き込んでしまったと思う側の人間は、どんな状況であっても自分のせいで……と考えてしまうものだもの」
窓の外を眺めるようにして、かつての自分を思い出すかのように美咲は続ける。
「私はお姉ちゃんにも、赤月君にも、助けられてばかりだった。だけれど、それをただ悔やむのだけはやめようと思えるようになったわ」
答えを探すように、今の苦しみから抜け出そうとするように。黒髪の吸血鬼は問う。
「どうして、そう思えるんだ?」
赤月と目を合わせると、美咲はとても温かい笑顔で答えた。
「助けられたことをただ悔いるだけだと、私を助けてくれた人の行為まで否定してしまいそうでしょう。どんなに自分が嫌いでも、その人が助けようとしてくれたのが私自身なのだから、しっかり生きて恩返ししていきたい。そう思ったのよ」
ひとりの女子高生が導き出した生き方とは思えないそれを聞いて、赤月は素直に感心してキョトンとしている。
「美咲さんって……本当に大人だよな」
「赤月君に出会ってから、色々と変われたのよ」
そう微笑んだ美咲が、ふと窓の外に視線を移した。
「赤月君っ!」
――本当に、一瞬の出来事だった。覆い被さるようにして吸血鬼を守った少女の背からは、溢れるように血が流れ始めたのだ。窓ガラスが割れ、一発の銃声が響き渡り、自分を庇った少女が眼の前で血を流して倒れている、
自分と違い、身体の強度は正常者とほぼ等しい避雷針美咲の背から溢れる血液は止まる様子をみせない。必死にその傷口を抑えながら、止まってくれ、止まってくれ、と顔をぐしゃぐしゃにして、吸血鬼は情けない叫び声を上げている。その願いが届くはずもなく、赤月時雨の病室は彼の心の中のように真っ赤な血で染まっていくだけだった。