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氷中花  作者: 綴奏
140/165

片道赤切符 其ノ四

 

 ◆


 本日もまた、赤月は病院のベッドで天井を見つめている。昼頃から見舞いに来ている夜宵、忍、三日月がのんびりと過ごしていることを気にも留めず。

 昨夜は涙を流す程の激しい痛みに呻き声を上げながらも、それに耐え続けていたせいか、昨日よりも眼の隈が酷いことになっている。横になっていても、立っていても、座っていても、その痛みが止むことはなく、常に痛みに堪えることにのみ彼の脳は注力し続けたのだ。休める時間など、一秒たりともなかったのである。

 赤月は本当に頭がおかしくなりかけていたと言っても過言ではない。神経痛はレベルによっては休まることのない痛みによるストレスで、自殺者を出すとも言われているのだから、仕方がないのだろう。

 それでも手術を拒否し続けた彼は、午前中にある処置をしてもらうことになる。その処置が無事に終わり、こうしてまたベッドで天井を見つめているのだ。なんとか耐えられるレベルの痛みにはなっていたが、十あった痛みが七になった程度らしい。

 ――くしゅん。大したくしゃみではないが、今の赤月時雨にはとんでもない衝撃が身体に走ったらしく、ベットで呻き声を上げながら苦しみ出した。明らかに最近作ったとしか思えない生傷を作っている兄の姿を見て、ついに痺れを切らした夜宵は口を開く。

「お兄ちゃん。……その手はどうしたのよ」

「大した事ねえよ。それより、お前も顔色酷いだろ」

「話を逸らさないで何があったか教えて。二人にも口留めさせて……一体何を考えてんのよ!」

 個室の病室で良かったと、赤月が思う程に心臓に悪い怒鳴り方をした赤髪の吸血鬼。彼女がここまで怒るのも無理はない。怪我の理由を家族である自分に教えない上に、彼女の友人にまで口留めさせているのだから。

「口留めさせてたのは悪かった。ただ、俺の口からお前に話したかっただけだ」

 それならそうと言ってくれれば良いとばかりに、忍まで睨み始めた妹吸血鬼は、さっさと説明をしろとばかりに腕を組み直した。

 そして、窓から襲われている涼氷たちを目撃したこと、病室から蜘蛛の糸を使って駆け付けたこと、涼氷が連れ去られた後、三日月の血を吸ったこと、忍に腰と左脚に蛇の毒を少し流し込ませたこと。吸血鬼の兄は、それらを正直に白状した。ただひとつ、碧井涼氷がしようとしたこと以外を。

「いくら痛みを誤魔化すためとはいっても、アタシの毒で本当に歩けなくなるかもって怖かったんだから……」

 あの時、凄まじい形相の赤月に毒を流せと言われた忍は、泣きながら彼に咬み付いたのだ。自分の毒をどれだけ流し込めば良いのか、それが本当に今の彼の身体に深刻な後遺症を残さないか。そんなことがわかるはずもないのだから、蛇の少女は不安で仕方がなかったことだろう。

「お前に嫌な役をやらせて悪かったな。三日月も、ごめんな」

 黙ってやり取りを見つめていた三日月は、気にしていないというように首を横に振った。すると、やり場のない怒りが収まらない様子の夜宵を見かねたのか、影の異能者は口を開く。

「夜宵、今日はもうひとりにさせてあげて」

 その言葉に驚きはしたものの、自分が抑えられないほどに苛立ってしまっていることに気づいたのだろう。大きく溜め息をついた赤髪の吸血鬼は言った。

「そうね。――お兄ちゃん、また明日来るから」

「わかった。俺は大丈夫だから、夜宵も休んでくれ」

 珍しく皆の背を押して病室から出ていく三日月は、病室を出る前に赤月の方を振り返るとガッツポーズをして去って行く。それを見た赤月は、彼女の気遣いに感謝しながら瞼を閉じた。

 ――あの黒布は何者なのか。糸車家の近くで襲撃してきた奴らと同じ仲間なのか。だとすれば、涼氷のことを執拗に狙っている可能性がある。それとも、あの便利屋たちの仕業なのか。そして、あの吸血鬼はどこへ行ったのか。自分たちの周りで起きることが常軌を逸したことばかりであった赤月の頭の中は、もはや整理することができる状態ではない。それに疲れてしまったのか、彼はいつの間にか眠ってしまっていた。

 ――それからしばらく経って、どこか懐かしい香りに誘われるように眼を覚ました吸血鬼が眼にしたもの。それは、自分の頭を優しく撫でている避雷針美咲の姿であった。

「……美咲……さん?」


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