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氷中花  作者: 綴奏
14/165

レッドアイ 其ノ四

 

 ◆


 異能者と正常者。

 特殊な能力を持つ者とそれを持たざる者。

 その歴史は紀元前にも遡ると言われている。現在、総人口における異能者の割合が一番高いのは日本だ。異能者が悪魔の化身とされ虐殺が繰り返された歴史を持つ各国と違い、かつては信仰の対象とされてきた島国の風習が大きく関係しているとされる。

 しかし我が国でも異能者の数が激減した過去がある。近代化が進み様々な武器が開発されていくなかで、異能者のことを面白く思っていなかった正常者が暴挙に出るようにもなっていったのだ。

 かつて、力に溺れ人々を恐怖に陥れた異能者は何人もいた。それと同じように、正常者も殺人兵器という武器を手にすると豹変していった。

 個々人でその力に大きな差がある異能者と、同質かつ強力な武器を無限に作り出すようになった正常者。現代兵器が生み出された戦争時は、その組織力から正常者が異能者を支配するようになっている。

 そして、第二次世界大戦が勃発すると、各国は異能者に現代兵器を持たせ、戦場へと送り込み続けた。当然、生き残るために異能者は自らの力と現代兵器を駆使して地獄のような血の海で死闘を繰り広げている。

 終戦を迎えると、国際組織が平和を謳うようになっていった。その過程で、悪魔の化身を本物の悪魔にならしめた現代兵器の製造に歯止めを掛ける風潮も生まれている。

 ただ、それは正常者自身の罪を異能者に押し付ける形となり、世界大戦が恐ろしい結果を招いたのは武器を取った強力な異能者によるものとされた。そして、例外なく適用される国際条約、「異能者現代兵器使用禁止条約」が制定、施行された――


 私立黒崎高等学園二年生棟のB組の教室。

 そこには欠伸をしながら脱走を企てている吸血鬼の姿があった。教科書検定であれば弾かれるような内容を論じている教師が板書を始めるのを、今か今かと待ち構えている。

 白いチョークを手にしたのを確認した赤月時雨は、音を立てないように椅子をゆっくりと引いていく。ついに教員が無防備な禿げ上がった高等部を向けた瞬間、全開にしておいた窓から吸血鬼は飛び降りた。

 三階から中庭へ転がるように着地したところを見ても、かなりの常習犯だということがわかる。恐らく赤時雨に関わりたくない教師側としても、たとい堂々と出ていこうと止める者はほとんどいないだろう。ただ、そこまでの根性はない赤月は、こうして窓から飛び降りる方法を取っているというわけだ。

 そんな吸血鬼が向かった先は食堂だった。今までは決して近づこうとしない場所ではあったが、空き時間の三年生がちらほら見える程度だ。この時間帯であればそこまで問題はないだろう。おにぎりに殺されかけて食堂に逃げ込んだのも、無駄ではなかったわけである。とはいえ、広過ぎる食堂のどこに座ればいいのかもわからずウロウロし出した吸血鬼は、とりあえず噂の「タダ茶」を取りにいった。結局、窓から脱走する癖のついていた悲しい習性からか、彼は窓際の端の席を陣取っている。雨の日も屋上で昼食を取っているような吸血鬼は、食堂の素晴らしさを知って特別な気持ちを味わっていた。

「脱走した吸血鬼、発見です」

 優雅に窓から外を眺めていた赤月時雨は緑茶を噴き出した。

「何でお前がいんだよ!?」

 赤月と同じように「タダ茶」を手に椅子を引いているのは碧井涼氷だった。彼も人のことを言えるような立場ではないが、驚くのも無理はない。彼女の脱出経路は謎に包まれているのだ。

「ズルをしている吸血鬼を見つけたので追い掛けてきました」

「いやいやいや、お前って真面目な生徒的な立ち位置じゃねえのかよ……。しかもどうやって脱出してきたんだ?」

 碧井涼氷の席は一番前の窓側。彼女の身体能力は正常者と変わりないため、窓から飛び降りるなんてことはできるはずもない。

「時を止めてきました」

「もしかして……お前ってホントはすごい力を持ってんのか?」

 以前、彼女は時を止められたとしても二秒程度だと口にしていたが、それは嘘だったのかもしれない。

 ――時を止める『時間螺子』。

 そんな魔法のような能力に、少しばかり心を躍らせていた吸血鬼は彼女の言葉を聞いて落胆する。

「はい、先生の時を二秒止めて教室を駆け抜ける精神力を持ち合わせています」

 これだけは言える。確実に碧井涼氷は教室を出ていく姿を教員に見られている。もともと一番窓際の彼女には不利な条件下だ。恐らくは必死にドアを開けている辺りからクラスメイトと教員の驚きの視線が注がれていたに違いない。いや、クラスメイトからは初めから全部見られている。

「お前さ、俺とは違うんだからもう少し考えて行動しろよ」

「あんなつまらない授業よりも吸血鬼に訊きたいことがあるんです」

 少し嫌な予感がした赤月は逃げようと席を立ったが、身体の時を止められ無理矢理席に戻された。

「訊きたいことがあるんです」

 碧井涼氷は繰り返す。


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