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氷中花  作者: 綴奏
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片道赤切符 其ノ一

 

 長野へと向かう新幹線。デッキのドアに寄り掛かりながら窓の外を見つめるのは、糸車椿だ。簡易ギプスで固定された左腕は痛々しいものの、血塗りの修羅を前にこれだけで済んだのは運が良かったのだろう。あの戦いで、蒼い目をした彼女は胸元の光から一本の刀を抜き出している。恐らく彼女が携えている布に包まれた長物はその刀なのだろう。

 窓の外を眺めていた糸車椿は、左手にその視線を移した。彼女の左手首には、よく見ると青い痣のようなものが見える。三日月の刺青のようなものだが、どうも先日の戦いで付いたものとは思えない。刀を強く握り直して再び窓の外を眺めた椿は、こう呟いた。

「……まさか、な」


 ◆


 血塗りの修羅が去ってから丸一週間気絶していた赤月時雨は病室で眼を覚ましていた。目覚めからさらに数日経過した今日、彼の顔は酷くやつれていた。血塗りの修羅と知らない女性の夢。それも妙にリアルな夢を繰り返し見るだけでなく、眼を覚まして以降、左腰から左足の先にかけて激痛が走っているのである。脈打つように一定の感覚で走る痛みで頭がおかしくなりそうだった。

 その痛みにうなされてほとんど寝ることもできず、あのまま気を失っていた方が楽だとさえ今も思っている。そんな放心状態の赤月の病室に忍、涼氷、三日月が見舞いにやって来た。あの爆発に巻き込まれはしたものの、彼女たちは全員無事に保護されていたのだ。その一方で、死んだ魚のような眼をした赤月は、空元気をみせる気力すら無い。そんな彼を初めて前にして忍は目を疑った。

「え……ちょっと、あかつき大丈夫!?」

 見れば大丈夫じゃないことがわかるとでも言うように、碧井涼氷が被せるように言った。

「赤月くん……あなたの身体は今どうなっているのですか?」

 隈のあるげっそりした顔で吸血鬼は答えた。

「風穴以外のところは下半身の神経が強いダメージを受けているらしい」

 赤月の神経は月夜に流し込まれた血液でダメージを受けてしまい、激痛を伴っていた。腕に空けられた風穴のように外傷であれば、彼ならまだ堪えることはできる。ただ、身体の中身、ましてや神経の痛みに関しては全くもって慣れていない。それ故に、黒髪の吸血鬼の弱り方は今までに見たことのないレベルであった。

「ごめんね赤月……、いつも辛い思いさせて」

「謝るなよ、お前たちは俺の妹たちを守ってくれた。それに皆が無事で良かった」

「でも本当に良かったよね、ウルフ大佐が駆け付けてくれて。あんな化け物を追い返すなんて、たまにはESPも役に立つじゃん」

 それを聞いた赤月は、ぼんやりとした表情から一変した。動揺を隠し切れずに疑問をぶつけようと口を開きかけた彼は、時を奪われて停止した。数秒後、吸血鬼と視線を交わした碧井涼氷は言った。

「糸車さんの話では、赤月くんと彼女、そして大佐の三人で血塗りの修羅を追い返したと聞きました。ESPとしては面目丸潰れになるので、ニュースでは一般人の赤月くんたちのことは触れられていないらしいですよ」

 意味ありげに赤月の眼を見つめ続けてくる時の異能者。流石の彼も空気を読んだらしく、自分の中にある疑問を飲み込んだ。

「それで……椿さんは無事なんだよな?」

「左肘と肋骨にヒビが入っていましたが無事です。今は長野に刀を鍛え直しに行っているみたいですよ」

 赤月は曖昧な記憶の中にある紫煙乱舞の姿しか憶えていない。それ故に、涼氷の口から、今度ばかりは本当のことが聞けて安心している。

「……そうか、良かった。でも刀がどうかしたのか?」

「血塗りの修羅を斬った際に、付着した血液のせいで刃が痛んだそうです」

「……ちょっと待て、俺はそんなヤバいもんを身体にぶち込まれたのか!?」

 同性の吸血鬼の血液というだけでも猛毒にもかかわらず、付着しただけで刃を痛めさせる血液など聞いたことがない。顔面が崩壊している赤月に、ずっとどこかへ行っていた三日月がカットされた林檎を持ってくる。

「……三日月が切ってくれてたのか?」

 彼女は誇らし気に頷いた。

「みーたんったら赤月のために夜宵ちゃんから教わって練習してたの」

「ありがとな、三日月」

 赤月はそう言って影の少女の頭を撫でる。その際に不自然な動きをした赤月は、それを誤魔化すように夜宵は来ないのか尋ねた。なんだかんだいって、こういう時に夜宵がいないと寂しいのだろう。

「お兄ちゃんに大量の吸血鬼の血が流し込まれたと知って体調を崩してしまったんです。避雷針先生が面倒を看てくれていますので、少しずつ回復してきていますよ」

 赤月時雨は皆の無事を確認すると、やつれた顔の中に弱々しい笑顔をみせた。

「明日は妹さんを連れてきてあげますから、今日のところはゆっくりしていてください」

 入院は初めてではないため赤月も碧井病院の面会時間を覚え始めたらしい。掛け時計を確認した彼は、お礼を言うとベットの上で別れを告げた。

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