表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷中花  作者: 綴奏
132/165

月夜と美羽 其ノ二

 

 ◆


「……ちょっ、ちょっと待って」

 サイドダウンの女性から鍵を奪ってアパートに押し入った少年。彼は血を吸い過ぎて変色し続けている緩めのセーターの襟を掴むと、無理やり肩までずり下げた。

「じっとしてろ、殺されたいか」

「君が助けたのに殺さないで……」

 少しばかり傷付いた表情になった女性の肩からは相変わらず血が流れ出ていた。すると、彼女を壁に押さえ付けて有無を言わさず舌で下から舐め上げる。傷口に押し付けるようにそれをするものだから、彼女は小さな悲鳴を上げて目をキュッと閉じた。そのまま固まっていた女性であったが、ドアに手を掛ける物音がしたためか、ゆっくりと瞼を開ける。

 若い女性を襲っておきながら肩から血液を一舐めしたことで満足したのか、フードの少年は雑に口元を拭いながら出て行こうとしていたのだ。肩の傷口が塞がっていること、乱暴ではあるものの自分を助けてくれたこと。それらを認識したのか、ドアを開けた少年の腕を掴んだ女性は彼を引き止めた。

「傷は塞がっているはずだ」

 もう用はない、とばかりに、少年は掠れた暗い声でそれだけ言った。

「あの、せめてご飯食べていかない?」

 思いもよらぬ発言であったためか、フードの少年は数秒固まってから振り向きもせずに答えた。

「断る」

 そう言ってドアを押し開け外へと出る少年ではあったが、腕に必死にしがみつく女性の姿を見て溜息をつく。切られた緩めのセーターをずり下げられ、肩と下着に包まれた胸が露出しているにもかかわらず諦めない女性。おまけにアパート前の通りには数人の通行者がいる。腕にしがみつく彼女を押し込むように玄関に戻った少年は釘を刺すように告げた。

「シャワーを貸すことが条件だ。いずれにせよ、面倒を起こせばお前は殺す」

 自分がどういう格好をしているのかも忘れたように。自分を助けたとはいえ、その人物が何者か知らないにも関わらず。女性はパッと笑顔に変わり答えた。

「はい」

 着替えろ。そして離れろ。と少年が苛立つように言うと、彼女は素直にそれに従った。彼が少し外の風に当たってくると言い再びドアに手を掛けると、聞こえないように女性はこう呟いた。

「……いってらっしゃい」

「バカかお前は」

「え……耳よすぎないかな?」

 少年は無駄な会話をするつもりもないらしく、振り返ることなく外へと出て行く。その数十分後、少年は意外にも玄関の前に戻ってきた。魚を焼く匂いがしている小綺麗なアパートの前。本当に食事を作っているのかと言いたげな顔で、彼はフードを被ったままドアを引いて中へと入っていく。

「あの……」

「なんだ」

「……て言って欲しいなーって」

 大人っぽい部屋着に着替えた女性は恥ずかしそうにもじもじしている。

「言う義理はない」

 彼の聴力を確かめるように、彼の優しさを期待するように囁いた彼女の顔が不貞腐れた。

「もう……ご飯食べさせないよ?」

「お前が食えと強要したくせにか」

「あの……、言われたことがないの」

 少年はしばらくの沈黙の後、女性の耳元に顔を近づけてこう言った。

「お前……面倒臭いな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ