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氷中花  作者: 綴奏
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赤眼の赤月 其ノ六

 串刺しにされた相手の首を跳ねることは容易い。だがしかし、それは常識的にものを考えればの話であり、相手があの血塗りの修羅ともなれば想定内の結果など起こり得るはずもなかったのである。そう、いくら瀕死の状態に追い込まれていたとしても、ここにいる異能者は、史上最悪と呼ばれるイレギュラーなのだから。

 血塗りの修羅は突如歯を食い縛ると、血柱が貫通した肩を力尽くで引き裂き赤時雨の背後に回り込んだのだ。その際、両腕がないとは思えない動きで赤時雨の腰の皮膚を肉ごと食い千切っている。そして、赤時雨が振り向きざまの反撃に出る前に、肘すらない左腕を、その傷口に突きつけた。

 沈黙が数秒続いかと思いきや、肘を押し付けられた赤時雨の腰から窮屈そうに血液が噴き出す。恐らくは赤月時雨の体内に、修羅の血液が流し込まれてしまったのだろう。それはつまり、同性の吸血鬼の血液が流し込まれたこととなる。当然のことながら、猛毒を注がれた赤月は絶叫し、その身体を地面に打ち付けてしまう。見るからに死にかけている吸血鬼同士の最後の殺し合いが幕を閉じ、赤時雨が終焉を迎える――はずだった。

 にもかかわらず、いくつもの死線を越えてきたはずの血塗りの修羅は、トドメを刺すどころか倒れた赤時雨に全く興味を示す様子がない。

 そう、血に染まった眼が捉えているのは、もっと別のものであったのだ。人ではなく、物でもなく、血塗りの修羅が足を引きずりながら辿り着いた先は、あの化け物の死骸だった。一点を見つめていた彼はしばらくの沈黙の後、ガクリと地面に膝を落とした。グロテスクな黒の皮膚に抵抗なく額を預けると、ズルズルとなぞるように下げたその頭を、ある場所で止める。血塗りの修羅の顔辺りから大量の血が噴き出した時、何かを引きずる音が彼の方へ近づいてきていた。

 血に塗れた水色の前髪を振り上げるように頭を上げた吸血鬼の口には、人間のか細い腕が咥えられている。悍ましい光景を作り出した彼が振り向いた先にあるのは、日本刀を支えにして立つ糸車椿の姿だった。立っていることでさえ限界であるはずの紫煙乱舞。彼女は、血塗りの修羅と赤月時雨との間に壁を作るように立ちはだかっていた。  

 そして、孤独な吸血鬼と交わした約束を噛み締めるようにこう言った。

 史上最悪とされる殺人鬼を前にして、こう言った。

「……私は彼をひとりにはしない」


『私が……一緒に……いてあげるか……ら』


 悍ましい血に染まっていた修羅の眼。何人もの人間の血を取り込み過ぎたであろう血生臭い眼。それが、椿の言葉を合図にするように、瞳以外が元の色に塗り変わり始めている。まるでその色が浄化されていくように、彼の眼から真っ赤な涙が青白い頬を伝っているのだ。

 虚ろな目でそれを見届けた糸車椿は、赤月時雨を護るように覆い被さり、その瞼を閉じた。刀ばかりを握ってきたはずの紫煙乱舞が、絶命しかけている友人の手を握りながら。


 爆音も爆風も止み、悲鳴も血飛沫も消え去った。

 ただ心にまで刺すような寒さだけ残っている戦場で。

 血塗りの修羅と呼ばれた吸血鬼は。

 史上最悪とまで言われた殺人鬼は。

 か細い人間の腕を咥えたまま。

 血の涙を流したまま。

 殺し合いを繰り広げた二人を見つめ続けていた。


 肩に深い切傷が刻まれている腕を、決して放さないまま。

 ――ずっと、ずっと。


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