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氷中花  作者: 綴奏
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赤眼の赤月 其ノ三

 戦闘狂になっていた紫煙乱舞の姿は消え、彼女の目もいつもの美しい色を取り戻している。どうやら、正気を取り戻したらしい。

「そうだな……名を、私の名を呼んでくれないか。君の言葉は力になるからな。――なに、覚悟はできている。まさか此の期に及んで、つまらない言葉を掛けるつもりもないだろう」

 フラつきながらも、未だに血で染まった眼で不気味な笑みを浮かべている殺人鬼が目の前にいる。ESPの精鋭部隊が破れた今、この戦場で重傷を負った血塗りの修羅と戦えるのは、深傷を負った自分たち以外にはもういない。だとすれば、赤月時雨が彼女に掛けるべき言葉は決まっていた。そう、彼女には自分の覚悟を伝えなければならないのだ。

 近くで戦場の風景と化していた死体へ、修羅が動き出す。もう迷っている暇は一秒たりともない。赤月時雨は、恐怖を払拭するかの如く、覚悟を決めて叫んだ。

「……行くぞ、椿!」

 それを合図に、赤月たちは既に死体の首に咬み付いていた修羅との距離を縮める。動きに気づいた血塗りの修羅は、吸血していた者の頭を手刀で斬り落とし、椿の足元に向かって蹴り飛ばした。

 対する紫煙乱舞は、腹を押さえながらも一気に速度を上げ血塗りの修羅に飛び込むようにして、それを避ける。その直後、彼女の後方で爆発が起きた。なんらかの方法で蹴り飛ばした頭に爆発物を仕込んでいたらしい。爆風に飛ばされた糸車椿であったが、そのまま血塗りの修羅に一撃を食らわせるつもりなのだろう。身体を旋回させ例の刀で斬り捨てようと、まだ使える方の腕を思い切り引いている。

 ――そう、彼女はこの一手で全てを終わらせようとしていた。

 文字通り、刺し違えてでも。

 糸車椿が何をしようとしているのか。それを悟った赤月時雨は、血刀を手放し、爪が食い込む程に左手を強く握り締めていた。ひとりにしないと言っておきながら、結局は彼女が身代わりになって自分を助けようとしている。そんなことを、赤月時雨が許すはずもなかった。

 血塗りの修羅は飛び込んでくる椿に顔を向けて口を開く。それが意味するのは、紫煙乱舞を巻き込んだ至近距離での爆破だ。吸血鬼である上に、失くした腕すらも取り戻す治癒能力を持つ者が相手では、どちらが死に至るかは目に見えている。だが、この数秒の間に致命傷を与えることで赤月時雨が生き残ることを望んだ少女が、そこにはいた。

 だからこそ、赤月時雨は血塗れになったその掌を勢いよく彼女に向けたのだ。そこから迸る血柱の先は傘の骨のように裂け、まるで紫煙乱舞を包み込むようにして彼女を血塗りの修羅から遠ざける。

 糸車椿の、あの暗い感情は完全に消え去り、覚悟を揺るがされたことに対する動揺が手に取るようにわかる。そして、今はただ、大切な人を失うかもしれない恐怖だけが満ち満ちていた。血のように赤い優しさに包まれながらも、その檻から手を伸ばす少女の悲痛な叫びが響く。

「時雨!」

 標的を変えて放たれた黒い塊が炸裂すると、その声を一瞬で食い潰してしまった。そして、血柱は真っ赤なガラスの結晶のように崩れ去り、赤月もその炎と煙の中に飲み込まれていく。

 紫煙乱舞は直撃を免れるも、爆風に吹き飛ばされ建物の壁に叩き付けられている。彼女は血を流す頭を壁に預け弱々しい呼吸をし始めた。その視線の先にあるのは、赤月時雨と血塗りの修羅が爆風に飲み込まれた場所だ。そして、糸車椿の力のない視線が何かを追うように動いたのは他でもない。そこからひとりの吸血鬼が姿を現したからだった。そう、虫の息の紫煙乱舞の元へ進む人物。それは、血で埋め尽くされた眼で獲物を捕らえた吸血鬼であった。


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