赤眼の赤月 其ノ一
私立黒崎高等学園のファーストバレット、紫煙乱舞。ホットパンツに黒のタイツを纏った脚が伸び、低いヒールを履いた私服姿の蜘蛛がそこにはいた。彼女は赤月が視界に入ると嘘のようにいつもの表情に戻り、誰よりも強く凛とした声が彼の震えを止める。
「しっかりするんだ、赤月時雨。 君は何のために戦っている」
赤月はハッとして恐怖から眼を覚ます。先程まで涼氷たちと一緒にいたはずにもかかわらず、あの眼によって孤独をイメージさせられていたことに気づいたのだ。守るべき人たちすら忘れ、ひとり暗闇の中に閉じ込められるように。
「遅れてすまなかった。あらかた想像はついているが状況説明を」
残された短刀を構え直しながら、糸車椿は冷静に促した。
「例の殺人鬼の手でESP部隊が全滅。その中には大佐もいました」
「そうか、やつの戦闘スタイルは」
驚く素振りもみせず、表情ひとつ変えず、彼女はそう言った。それにつられるように、吸血鬼も続ける。
「手刀が主な武器で接近戦を得意としてるはずですが、口から爆発する黒い塊を吐きます。おまけに大佐に奪われた腕も再生してる。ここから先は推測ですが、手刀以外は腰のボトルや死体の血液を飲んでからその能力を発揮してるはず」
まるで自分に言い聞かせるように赤月は説明した。
「手刀に加え爆破と再生……双異者どころの話ではないな。ボトルとやらを破壊し死体のない場所に引きつけるというのはどうだろうか?」
「悪くないですが、あいつのスピードは椿さんと同等かそれ以上あります。移動に気をとられれば確実に殺される。それに……」
椿は敵を警戒しながらも赤月に視線を送った。
「血が無いのなら――相手から奪えばいいだけだ」
ここで、大きな音と共に瓦礫の中から飛び出した修羅が、口を開けて黒い塊を放つ。ついに、戦闘が始まってしまったのだ。あの史上最悪の殺人鬼との殺し合いが。
地面に着弾したことで黒い塊が爆発し、赤月と椿は左右に離されてしまう。すると、血塗りの修羅は先ほど奇襲を掛けられた椿の方向へ突進していく。フードが外れた修羅は赤で埋め尽くされた眼に似つかわしくない水色の髪を靡かせながら手刀を引く。その手刀を椿は一本の短刀でいとも簡単に弾き返している。その隙に椿は修羅の脚を払ったが、彼は体勢を崩してもなお彼女の頭に向けて手刀を振りかざした。
しかし、爆煙を突き抜けて来た赤月は既に生成していた血刀で、椿の頭に向けられた左腕を一気に斬り落としている。そう、守るべきものを認識した赤月時雨は、先程の彼とは別人になっていたのだ。そもそも腕を再生する相手に残酷などと躊躇う余裕など無い。
体勢を崩した修羅は地面に身体が着くと同時に転がると距離を取り直した。遠心力で自分の腕から血が飛び散るのを諸共せずに。
「椿さん!」
赤月が手の甲から血の短刀を生成し椿に投げ渡すと、彼女は殺されかけたばかりだというのに笑顔で答えた。
「忝い」
それを受け取った椿は起き上がろうとする修羅に先程とは打って変わって二刀流の攻撃を勢いよく繰り出す。しかし、二の腕から先を斬り落とされたことを気にする様子もみせず、凄まじい反応で回避する血塗りの修羅は再び距離を取った。その隙に、椿と赤月は横に並んで刀を構える。
「君の斬撃からして、肘から上は切り落とせるようだな。手から肘付近に関しては刃物そのものだった」
「今ので確信しましたが、あいつの両腕はやはり痛覚が死んでいるようです」
椿は厄介だと言わんばかりに苦笑した。いや、楽しんでいるようにも見える。紫煙乱舞がそのような態度を取ってくれるからこそ、赤月時雨は賭けに出ることができた。自分であれば致命傷を負う方法を。吸血鬼だからこそ致命傷になる攻撃を。ただひたすらに考えていた彼は、それを口にする余裕が生まれたのだ。
「椿さん、なんとか隙を作ってください。やつに俺の血液を流し込めば吸血鬼の特性を利用して殺せるはずです」
「あの吸血鬼を相手に隙とは無理を言うね、君は」
椿は短刀を手放すとカーディガンの下で胸に押し上げられたシャツの胸元を掴んだ。すると、ボタンを弾き飛ばしながら、乱暴に胸元を曝け出した。その行為も然ることながら、彼女はさらに驚くべき動きをみせる。露わになった胸の谷間に片手を当てると、そこから白い肌に蜘蛛の模様が這うかの如く浮き上がり紫色に光り出したのだ。本人には痛みがないのか、信じられないことにその光の中に手首までずぶずぶと抉るように入れ始める。
そして、引き抜かれた彼女の手に握られていたのは、日本刀だった。刃が全て黒で塗り潰されたそれは、まるで人の血を吸い過ぎた刀の成れの果てに見える。
「久方振りだな、この力が使えるのは」
 




