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氷中花  作者: 綴奏
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赤に染まる 其ノ五

 恐怖して掠れた声しか出ないが、赤月時雨は確かにそう口にしていた。血塗りの修羅が掴んでいるのは、白銀の美しい体毛で覆われた屈強な腕だったのである。その腕が意味するものはただひとつ。ESPの戦闘部隊トップにあたるウルフ大佐。銀狼のファーストバレットと呼ばれた、どんなイレギュラーも秒殺すると恐れられたあの男が、今や腕だけになっていたのだ。そうはいっても、簡単に血塗りの修羅に敗れたわけではないらしい。最強の男と戦闘になった吸血鬼は、同じく自身の腕を失っていただけでなく、心臓の近くに風穴を空けられている。

 だがしかし、その希望を闇に葬るように、血塗りの修羅は口の周りを赤色に染め始めた。そう、ウルフ大佐から引き裂いた腕から血液を摂取し始めたのだ。吸血鬼であれば、その行為は至っておかしなものには思えないだろう。けれど、赤月時雨という吸血鬼だからこそわかるその異常性に、彼は言葉を失ってしまった。

 吸血鬼は異性の血液以外、身体が受け付けない。仮に我慢しても飲んだとしても喉が焼けるような強い痛みに襲われる猛毒と言われている。吸血殺人事件被害者のニュース、殺人鬼の腕の痣。これらから、赤月には恐ろしい仮定が思い浮かんだ。恐らくあの腕に巻き付くような痣は同性の血を飲んだ時に起こる拒絶反応だろう。

 しかし、通常は副作用として斑点が浮かび、酷いと神経を痛めると聞いていた。つまり、腕に巻き付くような痕になっているということは以前から性別に関係無く吸血を行っていたと言える。あそこまで痣の入った腕は感覚が死んでいてもおかしくなく、不自由なく使えていること自体が異常なのだ。

 そんな異常極まりない吸血鬼の姿を目の当たりにした赤月に追い討ちを掛けるように、大佐の腕から血を飲み終えた修羅の雄叫びが本当の悪夢の始まりを告げる。信じられないことに、大佐に千切られたはずの彼の左腕が傷口からグロテスクな音を吐き出しながら生えてきたのだ。右腕に刻まれていた痣と同じものをそのままに。

 大佐を含むESP部隊をたったひとりで全滅させる爆破能力と治癒系の能力。この殺人鬼は、関連性の無い二つの異能を扱う類稀な双異者と呼ばれる異能者であったのだ。腕を肩にはめ直すような仕草をみせた血塗りの修羅は、赤月時雨を再びその眼で捉えた。どういうわけか、その眼からは血の涙が溢れている。


 ――何が、悲しいのだろう。

 あの狂気じみた笑みの下には、何を隠しているのだろう。


 自分の命が一瞬で奪われかねない状態にもかかわらず、赤月はそんなことを思っていた。空を仰ぐ修羅は、まるで血の涙を止めようとしているようにも見える。彼が再び赤月の方へ顔を向けたことで、赤時雨の絶命は確定したようなものだった。それ故か、彼は血刀を生成することすらできず、ただそこに戦意を喪失したままでいる。

 あの血の涙を流す眼が。赤月を恐怖に陥れた眼が。もうそこまで迫って来ている。そして、赤月時雨の視界に血飛沫が舞う。

 だがしかし、それは赤月の血液ではなかった。彼のすぐ近くに転がって来た修羅の顔面を蹴り飛ばし、そのまま前方の建物の壁へと叩き込む。

 赤月時雨の視界に確かに見えていたもの。それは、修羅の脇腹に見覚えのある短刀が突き刺ささっていたことと、目を蒼く光らせ恐ろしい笑みを浮かべる糸車椿の姿であった。


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