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氷中花  作者: 綴奏
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赤に染まる 其ノ四

 聴覚が麻痺するほどの爆発音を聞かされ続けたこの戦場で、最も吸血鬼の鼓膜を揺らした鼓動が鳴り響く。瓦礫の質量を感じさせる音、何のものだかもわからない小さな破片がパラパラと硬い雨を降らす音。それらは吸血鬼の心境が映し出しているかのように思える。

 戦場を支配する数秒の静けさを突如搔き乱した赤月時雨は、心臓が無くなったかの如く、言葉にしようのない感覚と恐怖に殺されかけていた。男性が咽び泣くような酷く情けのない声を漏らしながら、幾度も転びは走り出すを繰り返す。

 砂埃の中を無我夢中で悲鳴のように荒い呼吸が吸血鬼を追い越しては追い抜かれ、ついにはそれが嘘みたいに止んだ。仁王立ちになり眼を見開く赤月の前には、砂やコンクリートの破片に隠された少女たちの死体があったのだから。

 魂が抜けかかった声を漏らしながら、黒髪の吸血鬼は彼女たちに覆い被さる。震える声で一人一人の名を呼んでは揺さぶり、返事のない彼女たちの頬に手を触れていく。最後のひとりである碧井涼氷の頬に触れた時、彼女の眉が微かに動いた気がした。それに気づいた赤月は、再び覆い被さるように青髪の少女の胸に耳を押し付ける。トクン、トクンと弱々しくも彼女の生命を知らせる鼓動が、吸血鬼の頭の中へと響き渡った。

 ――生きている。そう悟った赤月時雨は泣き顔のまま、他の少女たちのそれを確かめた。涼氷、夜宵、忍、三日月の全員が奇跡的に生きていたのである。しかし、後方で爆発音が響き渡る戦場にいる吸血鬼には、その事実に対して喜びを噛み締めている時間など無い。安堵感と大切な人たちを失う恐怖が入り混じっていた彼は、浅い呼吸を繰り返しながら、少女たちを建物の陰へと運び始める。

 まるで人形の如くだらんとした生命力を感じさせない涼氷の腕を、そっと放す。四体の死体が転がっているのと変わりないこの状況下で、赤月時雨は判断に焦り頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。とても四人を連れて逃げることはできない。だからといって、血塗りの修羅を止めることもできるわけがない。それでも、赤月時雨の決断は揺るぐことはなかった。それ以前に、決断を揺るがすことなど許される状況ではなくなっていたのである。

 吸血鬼の視力だからこそわかる光景。それは、血塗りの修羅が真っ直ぐ自分たちの方を向いているという恐ろしいものだった。赤月時雨にそれがわかるということは、すなわち、血塗りの修羅にも自分たちが見えてしまっていたということになるだろう。その事実に気づいてしまった赤月は、静かな戦場に響きそうな心臓音をかき消すように。追い詰められた獣のように。意を決して捕食者へ突進して行く。

 が、その決意も虚しく、胸の辺りに衝撃を受けた赤月時雨はバランスを崩して転倒してしまう。上体を起こし腹の下に抱えていたモノを見た瞬間、恐怖の悲鳴を上げた。それもそのはず。掴みにくく重い何かを手に取ってみれば、それはモノなどではなく、人の頭だったのだから。

 思わずその頭を突き飛ばしたことで、眠るような表情をした人の頭が。少し前まで生きていた人の頭が。ごろごろと地面を転がっていく。自分が何を突き飛ばしたのか、自分が何に触れていたのかを知った吸血鬼は腰を抜かして後退り始める。だがしかし、上手く力が入らないため、その場でもがいているだけに過ぎない。

 そんな彼に興味も無くなったのか、それとも別の何かを考えているのかは定かではないが、血塗りの修羅は足元に落ちていた何かを拾った。ヘビが巻き付いたような紫色の痣が走るその腕を伸ばして。

「嘘……だろ……」


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