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氷中花  作者: 綴奏
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赤に染まる 其ノ三

「……涼氷。夜宵たちのところへ行こう」

 気を張り過ぎて疲れたのか、少しだけ力の抜けた表情になった涼氷は赤月時雨の手に引かれその場を去って行く。大佐の方を振り返ることなく、躊躇うこともなく駆け抜けた先には、建物の陰から顔を出している忍たちの姿があった。

 彼女たちに合流できる安堵感がじんわりと身体を温めていく。しかし、それを奪い去るような爆発音が響き大量の爆煙が舞い始める。何が起きているのかが赤月の眼には見えており、彼の顔に再び恐怖の色が戻り始めた。爆発音に紛れてはいるものの、次々と悲鳴が聞こえてくる。

 脚に力が入っていない妹と、気を失った三日月を抱く忍を前にし、赤月時雨は彼女たちを救いたい一心で恐怖を抑え込むと、こう言った。

「涼氷、頼みがある」

「はい、なんでしょうか」

 またひとつの命が消えた事を悲鳴が告げた。

「隠れながらできるだけ遠くへ逃げろ。俺はあとから追う」

 忍が三日月を抱き締めたまま、泣きそうな声を出す。

「何言ってんの赤月! 伊原の時とは状況が違うんだよ!?」

 そんな蛇の少女の声は吸血鬼の心には届くことはなかった。

「頼む、自分の身と、俺の妹たちを守ってくれ」

 三日月をギュッと抱き締めた忍は、目に涙を浮かべて叫ぶ。

「い、一緒に来てよ! ヤダよ、赤月!」

 吸血鬼は目を逸らすことなく、忍を真っ直ぐ見つめてこう言った。

「いいから行けっ!」

 肩をビクリとさせた忍は動揺したように碧井涼氷に視線を移す。しかし、青髪の少女は彼女の縋るような視線を冷たく受け流した。

「ほら、早くみーさんを背負ってください。赤月くんの足手纏いになりたくないでしょう」

 忍はそんな涼氷を睨みつけずにはいられなかった。赤月を本気で心配する忍の様子は鎌首を上げる蛇のように見える。

「なんでアンタはそんなに冷たいの!? 赤月が……赤月がホントに死んじゃうかもしれないってわかって言ってんの!? 何で平気でそんなことが言えんのよ!」

 突然、忍は涼氷に頬を叩かれた。涙を流す忍が口を開きかけると、涼氷の言葉がそれを遮る。

「平気なわけ、ないでしょう」

 その言葉と裏腹に無表情の涼氷を見ると、忍は不安と怒りの入り混じった目をして下を向いてしまった。

「……お兄ちゃん」

 ずっと怯えて黙っていた夜宵が、残った力を使うかのように兄を呼ぶ。気持ちを揺るがさないようにするためか、赤月はその声のする方に背を向けて言った。

「お兄ちゃんはな、お前を守る時が一番強いんだ。心配するな」

 不安と恐怖が支配する空気が、その場の時を奪い去って行く。あの時と同じ。荊棘迷宮の罠に真っ向から飛び込んで行ったあの吸血鬼と、同じ背中をしている。こうなってしまっては、赤月時雨を振り向かせることなどできはしない。それを認めたくなくても受け入れなければならない状況に、忍と夜宵は何かの合図を待っているかのように静かになった。

「行け!」

 赤月の声を聞き三日月を背負った忍と夜宵を支える涼氷は、できる限り早歩きをして進み出す。――本当は、赤月も彼女たちと一緒に逃げ出したかった。しかし、あの眼に睨まれたことを思い出した彼の身体は、再び震え始め歩くだけでも精一杯だったのである。さらには化け物との戦いを見られていた可能性が高く、少なくとも戦闘タイプの人物と認識されていることだろう。現段階で血塗りの修羅は敵対する者以外を意図的に攻撃しているようには見えないが、ESPと狂ったように殺し合っている人物であることには違いない。そうともなれば、自分が傍にいるが故に夜宵たちを万が一にも巻き込ませるわけにはいかなかった。だからこそ、赤月時雨は彼女たちが逃げる時間を稼ぐため少しでも足止めすることを選んだ。彼は震える身体をなんとか気力で動かし再び血刀を生成すると、戦場を睨む。

 爆煙の中から飛ぶように離脱する大佐の姿。それはもう、あの紳士的な男性からは掛け離れていた。切り傷や刺し傷、火傷痕。そして、筋骨隆々の身体を覆う白銀の体毛。銀狼のファーストバレットと呼ばれるESP最強の男は、その顔までもが狼そのものになっていた。吸血鬼と対極的な存在とされる人狼こそが、血塗りの修羅に唯一対抗できる存在とも思わせる気迫。その大佐の手には紫色の模様が入った腕が握られている。

 毒々しい蛇が絡みついたような痣を持つその腕は、恐らくは血塗りの修羅のそれなのだろう。状況からして隊の被害は最悪であるものの、ウルフ大佐が現状有利に思える。にもかかわらず、腰に括り付けてあったボトルから何かを喉に流し込んでいる修羅は、距離を開くどころか大佐を追撃すべく爆煙の中から飛び出した。

 吸血鬼が戦闘中に喉を潤す液体。それは血液で間違いない。上級ESPたちとの戦闘でもそれを補給する様子を何度か目撃したことから、何らかの攻撃手段もしくは能力活性化の鍵となっているはずだ。とはいえ、今までとは血液を飲む量が明らかに違うことに赤月は気づいていた。しかし、その時にはもう、暴走した殺人鬼が牙を剥いてしまっていたのである。そう、怒りに身を任せた予測不能の攻撃が、開始されてしまっていた。

 闇雲に何発も放たれた黒い塊。恐らくはこれが例の爆発を引き起こした攻撃手段であり、修羅の能力だと推測できる。そのうちのひとつは赤月の近くにも着弾し、彼は爆風で吹き飛ばされてしまう。間髪入れず別の爆発に巻き込まれた吸血鬼には、その微かな視界の中でさらに向こうへと飛ばされた黒い塊が見えた。そして、それが向かっている方向に気づくと、彼の心臓は恐怖で止まりそうになった。


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