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氷中花  作者: 綴奏
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赤く染まる 其ノ二

 必死に横に飛び込んで回避する赤月には、その炎が一瞬だけ止まったように見えた。恐らくは、時の異能者がその能力を駆使したためだろう。立ち上がった彼はすぐさま突進し化け物の腹の下に滑り込んで行く。残りの右脚を切断し、そのまま化け物の体をくぐり抜け、一度距離を取る。

 よく見ると人間の腕らしきものが頭部から生えており、それが微かに動いたようにも見えた。――と、その時。フードを被った人物が赤月の眼の前に降り立った。次から次へとわけのわからない状況になっていくことに動揺する赤月時雨。そんな彼を一瞥した後、謎の人物は薄汚れたコートを翻すと化け物に視線を移した。

 四肢を奪われ動けなくなった化け物に近づいたその人物は、何のためらいもなくその上に飛び乗ってみせる。同調現象とでもいうのだろうか。化け物が動けないとわかった野次馬たちは、謎の人物につられるように、より化け物が見える場所まで集って来ていた。そして、スマホを手に写真を撮り始めている。一方、先程まで果敢に化け物に向かっていたはずの赤月時雨は、固まって動く気配が全く無かった。

 野次馬に目もくれない謎の人物は、化け物の上にしゃがみ込む。そして、化け物から生えている人の腕らしきものを指先から撫でるように指でなぞり、肩の辺りでその動作を止めた。落ち着いた動作とは裏腹に凄まじい雄叫びを上げたその人物は、信じられないことに、動けなくなった化け物の頭部に手刀を何度も刺し始める。

 ――悍ましい光景だった。化け物の呻き声が這うようにして辺りに広がっていく。まるで化け物が痛みで泣いているかのようだった。化け物の体液を雨のように撒き散らす少年を目にした野次馬たちは、興味本位で近づいた自分たちの愚かさに気づき恐怖で凍りついている。

 その雄叫びと悲鳴から逃げるように、少しずつ後ろに下がって行く赤月時雨。その背中が何かにぶつかると情けない悲鳴を上げ咄嗟にそれから離れようとする。

「涼氷です。……もう大丈夫ですよ、赤月くん」

 恐る恐る振り返ると、そこには優しい顔をした涼氷の姿があった。忍たちは少し離れたところに避難してはいるが、やはり恐怖で動けないでいる。言葉を失っている赤月は、彼を抱き締める涼氷の腕を掴んだ。吸血鬼のその手は、震えている。

「あいつの眼を……見たく……ない」

「私が一緒にいてあげます。さあ、ここから離れましょう」

 気づけば化け物の悲鳴も止んでおり、血塗れになったコートを羽織る人物は赤月たちに背中を向けたまま化け物の上から動こうとしない。数秒後、空を裂く程の声で彼は絶叫した。化け物を八つ裂きにした際にフードが外れていたその人物は、まだ若い容姿をしている。水色のセミロングの髪が血に塗れたまま、心に痛いほど響く悲鳴に近い声で空に吠え続けた。喉が潰れるのではないかと思うほど叫び続けた後、うな垂れるように沈黙した少年は、さらに信じられない行動を取った。

 自分で引き裂いた化け物の頭部に顔を打ち付けたかと思うと、悍ましい音を立てて化け物の血液を飲み始めたのである。悪夢とは、このことを言うのだろう。突然化け物が現れたかと思いきや、それを手刀で瞬殺し、さらにはその体液を飲む悪魔のような少年が目の前にいるのだ。息をする音さえ命取りになると思える恐怖が、その場を包み込んでいる。

「奴は血塗りの修羅だ! 全員いますぐここから離れなさい!」

 ――血塗りの修羅。都市伝説ともいわれる史上最悪の異能犯罪者。数多のESPが敗れ去り、その容姿すらも今や知られていないとされていた人物が、ここにいる。それ故に、七人もの上級ESPが警告と共に駆け付けたのだろう。血塗りの修羅という言葉を聞いた野次馬たちは、興味本位などという馬鹿な行動を投げ捨て、火から逃げる虫のように我先へと散らばり始めた。

「君は黒吸血鬼君……いや、赤月君だね?」

 音もなく赤月と涼氷の背後に現れた人物。青髪の少女に抱かれたまま、状況を飲み込めずに振り返った吸血鬼の眼に映ったもの。それは、まさに男の誰もが憧れるような屈強かつ紳士的な男性の姿だった。黒髪にキリッとした顔立ち、戦うために生まれたかのような男らしい身体つき。そして、あの血塗りの修羅がいるにもかかわらず、安心感を与えてくれる笑顔と存在感。ESP5のナンバーワンにして、銀狼のファーストバレットと呼ばれるウルフ大佐が、そこにはいた。

「ニコルから君のことは聞いている。さ、ここは危険だから早く避難しなさい」

 大佐と面識がない赤月はなぜ彼が自分のことを知っているのかわかっていなかったが、ニコル・クリスタラの名前を聞いた時点で大体は飲み込めたようだった。誰から見てもわかる程の人格者であるウルフ大佐が上司なのだから、ニコルのような変わり者が第二位であっても組織が成り立っていることに納得もいく。

 そして大佐は言った。血塗りの修羅の眼を見て恐怖に凍りついた吸血鬼の使命に、再び火を灯すように。

「血塗りの修羅とは私たちが戦う。君は、その子を守るんだ。……任せたよ」

 その言葉に奮い立たされるように。碧井涼氷がそっと手を繋ぎ直した動きに応えるように。血の雨を降らせたと恐れられた吸血鬼は、ひとりの少女を守るためにその手を握り返した。


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