赤に染まる 其ノ一
ぬくぬくと部屋で過ごしてきた人間たちが、上着を纏い波の如く流れ出す元旦。雪が降るのではないかと思う程の寒さが、さらにその集団の背を丸めていく。
そんな人の波をできるだけ避けながら、赤月時雨たちも新年を迎える気持ちを味わうため初詣に向っていた。丈の長い和服をやっと着るようになったこけしのような少女、影野三日月。最近は元気が無かったものの、年明けはやたらと明るく振る舞う金髪八重歯の少女、上羽巳忍。昼過ぎまで寝ていた兄を蹴り起こした赤髪の少女、赤月夜宵。そして、いつもと変わらず涼しい顔をして吸血鬼の横を歩く青髪の少女、碧井涼氷。いつもの見慣れた面子である。ただ、黒崎学園のファーストバレットである糸車椿の姿はない。どうやら親戚や父の仕事の関係で色々と挨拶をして回らなければならないそうだ。
日が短くなっているため、夕方の空はすっかり暗くなっていた。もっと早い時間に初詣に出掛けるはずだったのだが、溜まっていたDVDを朝まで観ていた赤月が大寝坊したのだ。夜宵が本気で蹴り飛ばしても彼が起きることはなかったという。再びその話題になり、逃げるように走り出す赤月の首を涼氷のマフラーが捕らえる。蛙の潰れたような声がして道行く人が何人か振り返った。
「今年は謝り方から調教し直しましょうね、赤月くん」
そのままずるずると引き寄せられ、髪を優しく撫でられた彼は恐怖で震え上がる。いつもと変わりない一時。しかしそれは、一瞬で消え去ってしまう儚い幻想なのかもしれない。事故や犯罪、災害の類は何の前触れもなく、私たちの前に現れるものなのだから。
突然、遠方から悲鳴が響き渡った。奇声と悲鳴が近づくに連れ大勢の人が何かから逃げるように散らばり始める。吸血鬼の視力を持ってしても、それを疑いたくなる程に不気味な何かが姿をみせた。牙のない口のようなものをぽっかりと開け、大きな黒い化け物が四本の脚を駆使して突き進んで来ていたのだ。身の毛もよだつ奇声を上げながらヒルに脚が生えたようなその化け物が、迫って来る。
咄嗟に後ろを振り返った赤月の視界には、恐怖のあまりその場に座り込んでいる三日月と夜宵の姿があった。彼女たちを連れて避け切るにも無理がありそうだ。
「夜宵たちを頼むぞ、忍!」
赤月の声ではっとした忍は、既に動いていた涼氷を助けるように夜宵と三日月を背負う。しかし、化け物の動きは意外と速く、もう間近まで迫っていた。化け物が突進して来る直前、赤月は二メートル程の影を地面から引き出し受け止めるが、相手が大き過ぎたため影にひびが入る。涼氷の背からそれを見ていた三日月は、赤月の影に片手を向けたかと思うと、そのまま気を失ってしまう。すると赤月の影がさらに二倍ほどの大きさになり、化け物を何とか押し返してみせる。
三日月の能力で助けられたものの、影は力を使い果たし消え去ってしまった。ただ、この間に手の甲を爪で切り裂き、血刀を引き抜いた吸血鬼は攻めに転じる時間を得ている。
押し返され数歩後退した化け物の上に飛び乗った吸血鬼。彼が突き立てた血刀はやすやすと化け物の身体に入り込んだ。しかし、悲鳴と共に暴れる化け物に赤月は振り飛ばされしまう。転がるように着地した彼は間髪入れずに化け物に向かい右胸から引き出した血牙を飛ばす。それが全て命中し化け物が怯んだところで二本の左脚を連続で切断した。それでも化け物は残りの脚を駆使して赤月に顔を向けている。
ぽっかりと開いたただの穴に見える口の奥から、燃え盛る何かが覗いていることに彼が気づいた時には、その口から炎が吐き出されていた。




