レッドアイ 其ノ二
――コーヒーぶっかけ事件の数十秒後、おしぼりを手にした金髪の店員が店長と一緒に戻ってきて、平謝りをしてきた。が、赤月はむしろ申し訳なくなって早めに店を出ている。
そして、夜宵たちは買い物へ行き、赤月と美咲が駅へと向かう途中、事件は起きた。
イレギュラーが銀行を襲撃したらしい。
「赤月君!?」
「美咲さんは安全なところへ! 俺は夜宵たちを探す!」
夜宵たちが向かったデパートのすぐ側には、襲撃を受けたとされる銀行があった。それを思い出した赤月は真っ直ぐ現場へと向っていく。
しかし、彼が見つけたのは妹たちではなく、イレギュラーの方だった。
先程の喫茶店で見た気の触れた男がアタッシュケースを手に立っている。どうやら、既に金は奪っているらしい。もっと悪いことに、足元には意識のないESP隊員と、真っ赤な注射器が落ちている。制服からして中級レベルの隊員だが、『レッドアイ』つまりは異能者のドーピング剤を服用した相手には敵わなかったようだ。
――焦点のズレていた目が赤月を捉えると、男はかなりの速度で突進してきた。引きつけた所で、後ろに大きく飛んで拳を避けると、アスファルトがことごとく割れていく。このレベルの怪力を持っている異能者はそうはいない。これはレッドアイの効果がまだ持続している証拠だった。
赤月が着地すると同時に伸びてきた腕が彼を突き飛ばす。両腕で庇ったとはいえ、かなりの衝撃だった。それでも赤月は既に攻撃態勢に入っており、彼の右手の指は自分の左胸に突き刺さっている。その手を振り切ると、血牙がイレギュラーに真っ直ぐ向かっていく。
「くそっ!」
赤月が悪態をつくのも無理はない。狙ったのはガードが緩い本体であったが、うねりながら縮んでいく腕に邪魔されてしまっている。しかも表皮が硬いらしく、血牙も浅く刺さっているだけだった。模様と防御力の高さから考えて、ムカデか何かの性質を左手に宿している生物系異能者らしい。
「――私が上級異能者になれた理由、わかるかしら?」
気づけば、赤月の傍には美咲の姿があった。どうやら彼のことを追い掛けてきたらしく、彼女は既に青い電気を身に纏っている。
「気をつけろ、あいつはレッドアイを服用してる」
「これ以上は使わせないわ」
それを聞いたイレギュラーは不気味な笑みをみせ、アタッシュケースを振るように開く。中には札束などひとつもなく、ただあるのは数本のレッドアイと、複数の銃だった。どうやら完全に頭がイカれているらしい。宙にバラバラに舞い始めたレッドアイに男が手を伸ばすものの、彼が握った手の中には何もなかった。
「電気の……塊?」
赤月の眼の前にいる美咲が両腕をクロスさせるように引いていく。
「異能者は現代兵器の使用も禁止のはずよ」
彼女が腕を振りきった途端、男の周りにあったレッドアイや銃はすべて後方へ弾き飛ばされた。
「飛ばせる電塊の威力が最大出力より弱くとも、正確に操ることで無数の戦略が生まれるの」
そして、再び伸びてきた拳が美咲に触れる瞬間、イレギュラーは悲鳴を上げる間もなく白目を剥いて倒れた。呆気に取られている赤月を振り返って、彼女は言う。
「制御精度の高い電塊が比較的弱いというだけで、直接触れるのは危険よ?」
ウィンクをした時に青い火花が飛ぶのだから洒落にならない。
こういうところは姉妹そっくりだ。